創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

魔法

明日は絵を描こう
夫さんのギターが優しいぞ
黄色の線がくるくるくる
アスパラガスの ごまが香ばしい
 
アパートの前の細い道を
箒でせっせと掃きました
うわぁ、きれい!
大きな桜の木  ありがとう
おむかいの丸さんも
 
 
生きること、痛み
 
行方不明の左側を知った
「わたしはどこに どんな風にいたらいいのでしょう?」
 
うたごえ
雨音
恥ずかしい絵
 
温かい手
ほくほく ほくほく
泣けてくる
 
ゼリーのちょうちょう
淡い紫
 
勉強する
自分のことを知る
人に教わる
もっと触れて 見てあげよう
 
自分、周り
朝風呂なんてしちゃったり
いつもと世界が違うんだ
 
宇宙旅行から帰って
大地に降り立った
 
時々、会いに行こう
 
 
 
クレソンちゃんが濃い緑
元気かな
 
りんごの種
芽が出たよ  
 
心 通う
 
 
明日は、こんな風に
絵を描こう
 
くずぼしに包まれてね
 

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20180418

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 起き抜けに見つけた線があって、見失い、それでも一本の線がうねって、うねって、そこにいたのは覚えていたから、書いて、起き上がって、夢のままの延長に歩いていく。待ちぼうけ。もっと早く来るもんだと思っていたのに、一向にやってこない来ないもう一方の点。やっときたと思ったら、あまり浮かない表情だった。特に理由は聞かず向かい合って「おはよう」とだけ伝えた。

 

 焼きたてのパンケーキにバターを塗って、透明に溶けていく姿を見つめ、イチゴのジャムを添える。残り少ないので買い足す。朝食の時間。「ダンボールで額縁作るってどうかな?依頼してもいい?」とみーさんに聞いてみる。面白そうだしやってみても良いかもと思ってもらえたようだった。昨晩あまり寝付けずに思い浮かんだのが額縁を作ることだったのだが、ダンボールというイメージだった。お金をかけずに作れるのだろうかという興味かもしれない。そのイメージが浮かんで、みーさんが作ってくれたらどれだけ素敵な額縁になるだろうと考えていたのだ。思いついたことを、面白そうだとか、やってみたいと思う人がいるなら依頼してみるのも良いかもしれないとふと思った。みーさんは朝一で絵を描いていた。絵には詩がセットになっていることが多い。それを歌にするのが僕は楽しい。そしてまた次の絵が見たいと思うのだ。この前僕は「一番好きな画家はみーさんだ」と、ふと思い立ち伝えていた。

 

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 日曜日に葛さんの整体を受けてから、陰鬱な気持ちに飲み込まれることが減った気がしている。出来事としては落ち込んでしまいそうなことはあり、そうなりかけるのだが、入り込み過ぎなくなる。あの突如襲ってくる不安感だとか、体が締め付けられその場に縮こまってしまう感覚だとかに飲み込まれなくなっている。体を見てもらってからコントロールが、切り替えの出来る感覚がちょっと分かってきているのかもしれない。観察と実験。そんなことを思う。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

連絡先:mizokoji@gmail.com

Twitterhttps://twitter.com/kojimizoi

Instagramhttps://www.instagram.com/kojimizoi/

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20180414

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 みーさんのガーデンが日に日に進化している。先日は気に入った鉢を買っていたが、自分で鉢も作っているようで、これが絵画そのもので素敵だと思う。立体の絵画。みーさんは手元にあるものでなんでも作れてしまう魔法使いのような人だ。昨年、展示会場でのライブをする際に譜面台がなかったのでダンボールを使って即座に作り上げていた。みーさんは何よりも生きるために工夫して作る人のように思える。

 

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 最近オブジェを作っているのだが、ふと土偶が浮かぶ。縄文時代の人々は主に女性であったり、あるいは精霊を表現するために作っていたようだ。粘土に手を触れ、動かしていると、作っている最中に起こっているその何かが、その時代の人たちの記憶を思い出させている気がしてくる。手を動かしながら、手の記憶を探っているようにも思え、それは頭に入っている知識とは違い、はるか昔から記憶されている知恵。手を動かすことで、自分の内面から現れる思いもよらない動き、それが象られ、表出していく。そうしていると何か自分が大切なことを忘れているのではと思える。本当は記憶している大切な知恵。調べていると、ドイツの画家ホルスト・アンテスさんと出会い同じ誕生日だったので気になって調べていると、ホピ族のカチーナ人形に行き着いた。精霊を表した人形。何かそういう物を作ろうとしているのかもしれない。精霊というのは僕にとってのキーワードなのだと思う。

 

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 読んでいたティム・インゴルドさんのメイキングにパウル・クレー先生の言葉が載っていた。「線を散歩させる」。かなりしっくりくる言葉で驚いた。そしてナメクジが歩いた後の写真が掲載されていた。その線は決して直線ではなく、迷っているような線にも見えた。しかしナメクジは夜明けとともに奥地へと姿を消す。迷ってはいないのだ。この線が僕自身のようにも思えた。決して直線ではない。1日1日がぐるぐると回っているようにも思える。それでも1日が終わる。そのためにぐるぐると回る。書いて、描いて、歌って、弾いて、織って、作って、読書して、音楽を聴いて、食事して、お風呂に入って、寝て。止まってしまったら、ある一定の場所にはまり込んでしまい、あらぬ方向へと思考が流れて行く。だから止まらずに動き続ける。その線は迷っているようであるが、しっかりと1日を終えるための美しい曲線になっている。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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