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溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

溝井孝司のにっきです。創作活動のことや胸の内が主に書かれている。

ただ体が動いたのでやー

にっき

これは衝動です。

だからただやるのです。

 

意味はなく、考えや想いもありません。

世の中はなぜやるのかと理由ばかりを求めるのですが、そんなことはいいのです。

 

意味はないのですから。

言葉では説明できないことはたくさんあるのに。

それなのに説明を求めるのです。

 

体が動いたのです。

反応したんです。

 

衝動に突き動かされたのです。

それがしたいわけでもなければ、やりたくてしょうがないわけでもありません。

 

ただ体が動いたのです。

体は一つではありません。

手が口が足が目が。

ただ動いたのです。

 

肺が胃が心臓が。

ただ動いているのです。

 

それと同じです。

なぜやるのかなど、そんなことは考える必要もないことでした。

 

 

 

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絵本を読み聞かせした。

「森の絵本」

 

読んでいるのが気持ちよかった。

 

だいじなものはなんですか。

たいせつなものはなんですか。

 

 単純なこの言葉にどれだけの意味が込められてるのだろうか。

 

わすれてはいけない。

わすれてはいけないのだ。

 

木のある方へ。

にっき

あっちに行きたい。

木のある方へ。

大樹のある方へ。

体は自然と進みます。

 

なぜこっちに進みたいのか、理由は分からないのです。

心地よいんです。

 

時に疲れたり、少しの怪我をすることもあるかもしれませんが、そんなの大した問題ではありません。

 

そうしたらまた、休めばいいのですから。

 

足を止めて、そこにある切株に腰をかけました。

カバンの中から水筒を取り出し、水を含みました。

 

目を瞑って呼吸を整えると、鳥が囀り、木々を走り回るリスがいました。

 

トンビはいつものように優雅に空を飛び回っていました。

きっと獲物を狙っているのでしょう。

 

 

喉の奥には悲しみがありました。

しかしそれは優しさでもありました。

悲しみを知っているから、あなたに優しくすることが出来ます。

 

過剰な優しさではありません。

些細なことだったのです。

 

優しさは時に、突き刺さることがあります。

思いがけず、胸の奥底に突き刺さります。

それこそが、優しさなのです。

 

あなたのままをぼくのまま伝えたかったのです。

 

どんなことでも、よいのです。

 

進みなさい。

あなたのまま。

ぼくのまま。

 

 

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気づいたら木のある方へ進んでいました。

 

山が森が音にもならないような小さな声でいつの日も声を掛けてくれていました。

 

耳を澄ませよう。

声にならない小さな声にも耳を傾けよう。

萎びたワカメが元どおり。

にっき

水はワカメの救世主。

ワカメは水の救世主。

 

水の心を救ったのはワカメだったのだね。

水の役割を思い出させてくれたのはワカメだったのだね。

 

無形のその形にシャワーを吹きかけた。

勢いよく、堂々と。

 

その無形物は少し汚れているようにも見えたし、何かが固くこびりついているようにも見えた。

 

水の力が必要でした。

 

洗い流した時に見えた無形のその形は、あなたでした。

すなわち僕でもありました。

 

その視点が僕だったのです。

生きていたのはあなた独自の視点だったからです。

 

大多数が獲得している視点では、新たな経済は生まれませんでした。

 

だから私は無形物を持ち続けた。

少し汚れ、こびりついた何かを落とす必要があった。

 

僕は水だった。

洗い流したのは社会だった。

社会の視点だった。

 

無形物は独自の視点を持った。

無形物と出会った時、観客から拍手が起こった。

鳴り止むことのない拍手だった。

 

その興奮は今も覚めることはありません。

目覚めることはありません。

それは無形物だったのですから。

 

 

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独自性の高い視点と出会い、僕は興奮を隠せなかった。

 

それは、個性であり才能だった。

 

自らを発掘するよりも、興奮した。

何よりも新たな出会いに感動した。

そしてそれは僕自身でもありました。

 

言葉にならず、体の中に残り続けていた無形物が本来の姿に戻ったのです。

 

ワカメやワカメや。

おやすみなさい。