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溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

せかせか歩いていました。

せかせか せかせか。

気づくと足が動いていました。

 

早く早くと焦っているかすら分からなくなりました。

 

どんなに早く歩こうと、時間ばかりがたち、過ぎて行きました。

 

僕ではないようです。

何者かわからない、影が見えます。

肩に重くのしかかり、囁いているようでした。

 

早く。早く。

早くいかなくちゃ。

 

しかし、一向に進むことが出来ませんでした。

 

意識がなかったのです。

大切なことは意識すること。

意識する中で見つかることがありました。

 

耳を傾けることで、歩みは止まりました。

止まってるようで、心地よい歩みでした。

それは進んでいました。

しっかりと感じ取ることができた。

 

時間は奪われています。

心は奪われています。

 

その瞬間に立ち止まる勇気があるかです。

気づく意識があるかです。

 

誰にも奪われちゃいけない。

いつも、奪っていたのは自分自身でした。

 

 

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せかせか歩いていたら息してることすら忘れていました。

 

なんだか悲しいので、ゆっくりと歩むことにしました。

 

それでいいし、それが好きだ。

 

その瞬間を創り続けていました。

神経を張り巡らせる。

それはどうすればこの場で対話が生まれるかということについて。

 

心が痺れる、魂が震える瞬間があります。

 

それは、人との交流から生まれる。

空間が空気が、肌で感じるものが満ちていくような感覚です。

五感をフルに活用し、この場は作られる。

 

逃げる必要も躊躇する必要もない。

飛び込んだ人だけが分かる瞬間がここにはある。

 

人の素晴らしさ、自分自身の素晴らしさを知る瞬間。

なによりも生きている喜びを、この瞬間に出会うために、この場に居合わせるために生きていたんだ、生かされていた、創り続けてきたと思える瞬間です。

 

知った人には伝える役目がある。

そのことから逃げることはできない。

それが宿命で使命なのだと思う。

 

健常者や障がい者とかそんな枠組はなく。

男とか女とかそんな決まりもなく。

 

ぼくはぼくで、あなたはあなただ。

 

そんな瞬間に生きてる間に後どれだけ出会えるだろう。

 

出会おう。

そのために生きているのだから。

 

 

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エネルギー使いまくった。

その瞬間に出会えるならどれだけ使ってもまた、溢れてくるから。

 

幸せな日でした。

 

場数だね。

この場で表明することに意味はあるのか。

 

意味などそもそもないのかもしれません。

少し、言葉を、文字を止めようとする感覚があり、それをそのまま流してみようと思う。

 

考えることを、辞めてはいけない。

そして、感じることもだ。

これは同時並行で起こる。

様々な感覚が思考が同時に繰り広げられる。

 

分裂と呼ぶのかもしれないが、それこそが正常な状態なのかもしれません。

 

様々な思い込みで出来ている。

その瞬間の言葉だけを鵜呑みにし、あなたのことを、判断してしまう。

それは反省すべき点で、続けることにあまり楽しみはないことだと思いました。

 

しかし、伝えてみて気づくことがある。

私は他人を、利用し自分を満たしている。

聞いてもらうことで、共鳴することで、満たされている。

 

それを聞いてくれていて、ありがとうとつたえたいのです。

 

私は私のことしか喋ることが出来ない。

語れないのだ。

こんな私を暖かく見守り、まとめてくれることに感謝したい。

聞くことに専念し、正確に捉え、伝えてくれることに感謝したい。

 

それは才能です。

伝えなくてはならない時もあります。

伝えたいから伝えています。

 

そして、耳を傾けます。

私にもあなたにも。

耳を傾けます。

 

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堂々と伝え続けることだ。

私の考えはこうだと。

 

結局は場数なのだと教わりました。

伝えることも、創造することも。