溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

強要と家と。

言葉を強要しているのは私です。

私と同じように振る舞うことを求めるのはあなたであり、私でした。

 

同じは健常者のことで良いのでしょうか。

 

それは健常者ですか。

どれが健常者ですか。

だれも健常者ではなく、障がい者でもありませんでした。

 

言葉の強要を求めるのは私でした。

 

 

家について。

家がある。

家は見えない。

あるのは壁と屋根と。

 

それは家ではないのかもしれません。

家は広がる、流れる。

リフォームをする、増築をする。

 

それは広がりであり、空間でした。

広さではありません。

 

空気のようなものかもしれません。

時間かもしれません。

 

ぼくは空間で家なのです。

そこでは、よく眠れる。

時に、目がさめる。

 

広がりのようです。

家の広がり。

壁を超えてゆきます。

屋根を超えてゆきます。

 

どこまでが家なのか数字では測ることが出来ませんでした。

 

奪い合ってはいけません。

互いの中にある家を、広げあうことは出来るようです。

 

必要な家を持つことです。

所有は出来ませんでした。

 

それは、強要でした。

あなた自身が強要であり、私も強要です。

 

強要はしません。

それは家があるから出来ることでした。

 

それは家族のようでした。

 

 

 

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「家」について。

ぼくという家。

わたしという家。

あなたという家。

 

家は永遠に所有することは出来ないが、ずっとここにあり続けるものでした。

 

年明けるまでもう少しだよー