溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

目の前の一歩で良いのだと思いました。

形にしなくてはと思うたびに、考えるたびに、焦るたびに。

心からは遠のいてゆきました。

 

それなら作らなくて良いと、ぼくは言います。

 

ぼくを喜ばせることだと、言います。

それでは生きていけないじゃないか、とわたしは何度も伝えていました。

 

その度にぼくは、心を閉ざすのです。

だったらいいよ、もう生きてる意味などないじゃないかと。

 

ぼくのしたいことを聞きます。

耳を傾けます。

体を使って問いかけます。

 

わたしの形にはこだわる必要がありませんでした。

 

ぼくを現し続けることでした。

形にするのはぼくがやることではないと言います。

すなわち、わたしの考えを手放せと言います。

 

形にしようとする、大人のような考えを。

 

技術やお金の心配はいらないと言います。

それはぼくの役目ではないと言います。

わたしは手放せずにいます。

 

現し続けること、意味もなくただ、現し続けることに意味を求めているのです。

 

大丈夫だと言います。

あなたは1人じゃないよと言います。

形にしてくれる人が現れるまで、じっと根を張り、生み出し続ければ良いと言います。

 

それは、わたしのことでもあり、あなたのことでもあるのだとそう思いました。

 

それまでは、じっとじっと山を登るように一歩先に集中することだとぼくは言いました。

 

 

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少し散歩するつもりがすっかり日が暮れてました。

 

散歩のつもりがちょっとした旅になってしまいます。

 

じゃーにー。

山を登ると、そこでは時間が止まっていました。

2017年に戻れるのかドキドキしながら、山を越えてゆきました。

 

 

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形にしなくていいのだよね。

肩書きないもの。

 

ただ、家であるし水である。

空間と流れ。

目の前の一歩で良いのだよ。