読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

点子ちゃんとアントンと永遠の僕たち読んで観て。

曖昧さの中を力強く生きる。

それでよい。

それがいい。

 

風は何を知らせるのか。

木々を揺らし、壁にぶつかる。

やめようとはしない。

ただひたすらに向かい続ける。

 

 

揺れていたらいい。

揺らいでいること。

そこには動きと振動がある。

 

あの時足りなかったのは、芸術と音楽だった。

決して、奪われたわけではなく、自ら捨ててしまった。

ひとつのことに集中すべきだと、そうやって大切なものを追いやってしまった。

ひとつではなく、全てが大切だったのだ。

何ひとつ欠けてはいけなかった。

それは、心を豊かにし、体を整えるものだった。

 

調律。

 

調律することを放棄していた。

それは自分だった。

自分の音はそこにあるのに、どんなに鳴らしても、音がなることはなかった。

 

それでも、やり抜いた経験があってよかった。

自分でない音を鳴らし続けたから、気づける。

違いに気づけるのだ。

本物の音を聞き分ける事が出来る。

 

聞く耳を持つことの大切さを知っている。

 

体は空洞です。

響かせるためにある。

それはあなたの声を響かせるためにあります。

そのために私はいます。

散歩しています。

あなたに出会うために。

 

 

f:id:mizokoji:20170413014720j:image

点子ちゃんとアントンを読み始め。

 

ケストナーが語りかけてくれているのは、池田香代子さんの訳のおかげなのだろう。

 

久々に観る永遠の僕たち。

静けさを映像で見た。

あの静けさが好きだ。

 

アメリカと日本。

戦時中と戦後。

 

いまは戦後でしょうか。

お国のために死んでいく。

 

企業戦士と溢れてく人。

今も昔も変わらず戦時中。

 

やり方は違えど死者が出ているのだから。

 

死を感じる映画。

それなのに重たくない。

美しく時間は流れていく。

映像と音楽で。