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溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

グルグルした思考の抜け道はドイツがキーワードだったこと。

頭が冴える時期になって考えること

 頭が冴えて目覚めがいい時期っていうのがあるんだけど、そんな時は5時くらいには起きて書物を始めるんだ。だって、眠ってる間もいろんなアイディアや想像が頭を駆け巡っているんだから。それまではどうも気が乗らず体が動かないことが多い。あまり人にも会いたくないし、起きるのが辛い。それに鬱々とした気分がしばらく続くんだから。その時期は本当に辛い。弱々しく低空飛行を続けている。墜落寸前の時だってある。それでも何とか持ちこたえようと、手を動かす。手を動かすまでにはものすごい葛藤と思考がグルグル回る。大抵、お金がないとかこんなことしても無駄なんだってことかな。みーさんにも迷惑をかけているとか、きっと誰かにも悪口を言われているんだろうとか。すごく貧しい気持ちが襲ってくるんだ。この状況が、いつまでもいつまでもこの貧しさが続いてしまうってね。毎月の支払いに追われ続けるんだ。この終わりのないループで生きていくことに何の意味があるのかってね。と、そんな時期を抜けると今みたいに朝早く起きては行動をし始めるってこと。こういう波のある状態が、もうしばらく続いているもんだから、精神科に行くと「双極性障がい」なんて言われる。どうも本人は気づきづらいと言われる。なので、あまり自覚はない。そりゃちょっと前は散財してしまった時期もあったけど、今は本当にお金もないしね。そもそも使うお金がないってこと。笑 でも、調子がよくなるとそんなお金とか社会とか、経済とか、政治とか、世の中のことに対して不安なんてなくなるんだ。そりゃあ、怖い時だってあるけれど、そういう不安が和らいで、自分の意見や考えをパキパキ答えられるようになるってことかな。まあ、例えそうだったとしても自分のことは自分でしっかり研究して乗りこなそうってことさ。人任せにせず、ね。自分にある波や症状を知るって何より大切なこと。だって、この体で生まれてきてるんだから。それに僕は薬はあまり飲みたくないと思っている。だからいまは漢方で症状を観察しているんだ。いま飲んでいるのは半夏厚朴湯。不安感や緊張感、抑うつ状態、喉や胸あたりにつかえのような違和感を感じる人に効果がある漢方薬だそう。飲み始めて、1ヶ月くらいだけどいまのいまは目覚めもいいしだいぶスッキリしている。昨日まではどうかと言われるとそうではなかったんだけど。だから、まだまだ分からないことだらけ。研究が必要ってことだよね。僕は自分という分野に興味があるからさ。それが芸術だとも思うしね。

 

思考の抜け道を見つけること

 そうそう、それでなんで頭が冴え始めたかというと"ドイツ"ってキーワードがとてもピンときてグルグル回っていた思考回路からの抜け道を見つけたんだ。最近、素晴らしいなって思うのは児童文学って分野。子供に向けて書かれた本で、心の教育と言えるような内容が盛り込まれている。僕は子供時代にそういった本と、全くと言っていいほど無縁だった。だけど、今こうして出会い読み始めるとそこには子供として大切なことがふんだんに盛り込まれている。すなわち、それは大人になっても本当に大切にしなくてはいけないこと。僕は子供時代を大人になるために生きていたように思っている。子供を全うするために子供をしていたのではなくて、大人になるための子供をしていた。そんな時から周りの目を気にしてね。だから、子供であるとは何かっていうことを改めて見つめているんだ。そこで行き着いたのが児童文学だった。みーさんからのオススメもあったんだけどね。いま出会っている本の中でどうもドイツとの繋がりを感じている。僕はドイツで生まれている児童文学が好きでね。ケストナー、ミヒャエルエンデ、プロイスラー。そして、ドイツの近代の時代背景っていうのがずっとずっと気になっていたことも。だって、ヒトラー率いるナチス・ドイツが滅亡したのは1945年。ということはまだ100年も経っていない、そう遠くない昔の話ってことなんだ。そう。それでね、その時代を生きていた人たちの作品にすごく惹かれている。それにヒトラー自身にもね。ヒトラーは元々、美術家、建築家を志していたいということ。そのことにハッとしたんだ。その人が独裁者となり、多くの人々を殺した張本人になり、そして退廃芸術という芸術観に行き着いたこと。ヒトラーはトラウマや劣等感を嫌った。ヒトラーの心の中にあったものは?それは、もしかしたらトラウマや劣等感だったんじゃないかってことね。あの大量虐殺を生んだ根本にあったものは。後世に残る作品を作り続けた人たち、そして後世に語り継がれる歴史を作った人たち。だから僕はドイツを知らなくてはならないて思ったんだ。せねばならない。これは使命感。体が疼くから。やりたいことなんてそんなもんでしょう?理由はないんだ。体が疼いたらやるんだ。だって、それが一番の理由さ。それとね、僕の中にもずっとずっとトラウマや劣等感があるんだ。だから芸術に行き着いたし、創造活動を始めたんだからさ。

 

心を知るには芸術が最善だってこと

 そう、そんなことを考えていたら僕はドイツで個展をやりたいって思ったんだ。いま作っているものをまるまるっとね。だって、僕が創造活動をしている理由にはドイツの児童文学の影響を大きく受けていることがわかってきた。それに、きっとなんか伝わるものがあるんじゃないかってこと。美しさとか、計算ではなく、心の内が衝動が。そう、心の内と衝動。僕が表現するべきはそこなんだ。だから続けるしかないんだ。表現力をつけていかなくてはいけない。そう考えたら、毎日続けることなんて簡単でしょう。だってそれは使命感なんだからさ。結局やるしかないってことさ。それはいつからだって始められること。これはみーさんに教えてもらった。「芸術はいつからだって始めることが出来る」ってね。どう?いい言葉でしょ。そして、自分の心を知り、人の心を知っていくことに、本当のことを伝えていくには芸術が最善の方法だって思っている。文章だって、絵だって、音楽だって、料理だって、語りかけたってなんだっていい。そこに自分自身の心の内が表現されているならね。

 

 

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この日記のスタイルになってから継続出来ている。

毎日ここでは2,000字は書けてる。

1ヶ月くらい人目につかないところでとにかく書いていたので、苦なく続けられています。

 

結局、自分の言葉が必要だ。

だったら書かなきゃいけない。

そりゃそうだ。