溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

眺めて、声かけて、言葉を生むこと。

体を眺めてみる

 目が覚めると、思っていたよりも早い時間で驚く。そのまま布団の上に座り込み、しばらくボーッと考え込む。体の調子に目を向ける。胸のつかえ感や、苦しさみたいなものは今はあまり感じられず通りがよかった。喉元から口先にかけて力が入っているように感じられた。少し頬を左右交互に動かしたり、口を開いたりして動かしてみる。そのまま大きく肩を回す、前後に大きく。頭の上で手を組み体を左右にそらす。脇腹あたりが伸びて気持ちが良い。腰のあたりはここしばらくずっと重たい状態が続いている。それから足全体もなんだか固まってしまったような印象を持っている。少し揺すったり、前屈してみる。腰のあたりのつかえが気になる。腰のあたりを叩いてみる。少しさっきよりも軽くなった気がする。10点満点中4点くらいだろうか。

 

声をかけてみる

 「気分はどうだい?」と声をかけた。

 「悪くはないと思います。ただ、またいつ気分が落ち込んでしまうのか不安なんです。昨日は夜に落ち込みそうになりました。だけど、なんとか持ちこたえました。怖くて仕方ありません。だって足を踏み入れたらしばらくそこから抜け出すことは出来ないんです。どんどん体を飲み込んでいきます。足を引っ張られているようにも感じます。体を何人かに掴まれて、身動きが取れなくなってしまうんです。だからなんとか指先だけは、そんな状態でも動かせそうなので動かしてみるんです。私はいま文字を書いています。できればもうあそこには行きたくありません。でも気づいたらもう1歩先が沼になっているんですから。私は気づかぬうちに足を踏み入れてしまうんです」

 「まあそんなに気にすることないですよ。きっと気になってはしまいますが。これまでもなんだかんだ言って抜けられたんですから。今回は無理だって何度も思いながらね。僕もずっと低空飛行ですから。かなり低い状態で飛んでいる時間が長いですよ。そんなに希望があるわけでもないし、もう墜落寸前ってこともよくある。それで、運動を続けることしか出来ないのかなって思ったりするよ。体の動くところをなんとか動かして、内側で鳴り響く音楽に耳を傾けるんだ。それをそのまま現すことが出来たらいいなと思って、ギターを弾いて歌ったりするけど、そっちはまだまださ。それでも、これはやらなきゃいけないことだからね。内側で鳴り響く音を放っておいてはいけないと思ったんだ。実際に鳴り響いているかなんて分からないけど、あるような気がするんだ。だからやってみる。理由なんてそんなもんでしょう。時折、上空にふわーっと舞い上がる時があるんです。その時は気分も爽快で希望や自信に溢れています。これは僕がやらなくてはいけない。使命だってね。なんせ僕は普通に生きてきましたから。高校までスポーツやって大学に行って。ただ大学に行かなくなってしまったんですよ。指定校推薦だったので勉強がそんなに出来なくても入れたんです。それになんで大学に行くのかもよく分からなかった。正直に言うと授業についていけなかったんです。先生の言ってることがよく分からなかった。ただ座って話を聞いてることにうんざりしてしまったもんだから、ベンチャー企業で働き始めました。そしたらみんな言うんですよ。会社を大きくして、給料をがっぽがっぽ稼ぐんだって。タワーマンションに住んで、ブランド物のスーツで身をまとって、高級な腕時計や車に乗ることがしたいんだ!って言ってました。そして、たくさんの女の子とあんなことやこんなことして、経営者になって起業するんだって。なんだか働く意味が分からなくなってしまったんです。会社の中でね。そんな夢を作って朝の9時から夜中まで働いて、会社に寝泊りもするわけですから。最終的に、わざわざそのために会社の近くに家を借りて。なんでここまで身を粉にして働かなくてはいけないのだろう、会社中心の生活ってなんだろう。その先に幸せがあるようには思えなかったんだ。そこからですかね。なんか世間一般といわれるものから道を外れたのは。でもそれで良かったんだと思いますよ。普通だと思い込んでいた僕は学校とか、働くとかそう言うのがよく分からなかった。大人になれなかったんだ。だからね、芸術家になるなんて中々おもしろいじゃないですか。自分の内側を深めていくことと外側の社会を変えるための行動はセットなんです。だから芸術家がいいじゃないかってね。きっといますもん。普通に働いてはいるけれど、もう耐えられないって思っている人がね。僕はおめでとう、あなたも芸術家だよと言いたいんだ。何かおかしいって思うその感覚を忘れてはいけないんだよ。そう感じることこそが才能であり、それは使命だからね。それはすぐに言葉にならないかもしれないし、捨ててしまいそうになる。だけど、見つけてしまったのだから大切に育てなくてはいけない。時間が掛かったっていいんだ。生まれた時からずっとずっと大事にしまっておいた宝物なんだからね。あっ、いけないけない。つい喋りすぎてしまったね。気分は良くなったかな?」

 「はい。なんだかお話を聞いていたらなんだか落ち着いてきました。あなたの声に安心しました。私は声が好きです。穏やかな口調が。それはまるで音楽を聴いているみたいで心地よいんです。あなたの声もそうでした。私はいつも焦っていました。早く早くと焦りに駆られていました。周りのスピードに追いつかなくてはいけないとずっとずっと思っていました。でもそうではないんですね。良かったです。私はいまあなたの話を聞いて大切なことに気がつきました。それと私も歌うことが好きです。声が好きなんです。人の声につい耳を傾けてしまうのですから。話を聞いてくれてありがとう。そして聞かせてくれてありがとう」

 

 大人になれないことは素質があるってこと

 大人になれないとそれは病気なのでしょうか。きっと病気っていうんでしょうね。今は「アダルトチルドレン」なんて言葉もある。言葉が病気を生むことを気づかないといけない。芸術家にとってそれは必要な要素であることを知らないからそんな言葉が生まれてくのかもね。もう当てはまってしょうがないよ。躁鬱病とか、場面緘黙症とか、HSPとかね。

 

 

だからこそ言語は自分で作らないといけない。作られた言語の中で生きていたら、そりゃ生き詰まっちゃう。そうして、息も詰まっちゃう。呼吸できなくなっちゃう。死にたくなっちゃう。そいうこと。

 

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言葉を自分で作らないとね。

使用するのはひとまず日本語。

 

生まれた言葉で空間は建築されてゆくのだから。