溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

言葉を手繰り寄せるために書くこと。

鼻歌も好きだってこと

 夜の10時。辺りはすっかり暗くなり、静かな時間が流れている。時折車の通る音や足音が聞こえてくる。鎌倉には夜がある。僕は深い夜と呼んでいる。これは東京に住んでいた時には感じられなかったことだ。夜はいつまでもいつまでも明るかった。家の中でもだ。マンションの明かりが部屋の中を照らし出す。朝になるまでずっとだ。だからよく眠れない時もあった。鎌倉に来て、眠れないということが減った。それは深い夜があるからだった。そうそう、それで夜がふけてくるとついついギターを弾いたり、歌いたくなる。夜ってそんな気持ちにさせる。だけど、大きな音は出すことが出来ないと僕は思ってしまう。お隣さんが寝てたりしたら迷惑かもしれないからね。だから指先でギターの弦をちょっと鳴らす程度。そして周りに聞こえるか聞こえないかくらいの鼻歌を口ずさむ。静かな空間で鳴らす小さな音。そんな音も好きだった。ちょっとだけ振動が広がって行く。「あぁ、これが音楽なのかもしれないって思った」この感覚が好きだった。僕は歌うことが、ギターを弾くことが好きだ。その時間と空間が好きだ。そして声が好きだ。たまに、家の中で本を読みながら朗読をする。それもそんなに大きな声じゃない。それでも自分の中に響いてくる。それくらい力まず、誰かに聞こえるように出す声ではない声。別に大きな音でなくて良かった。ちょっとの音が好きだ。そこに小さな自分の音があるように、そう思うから。

 

本の世界から戻って来た先にある言葉

 「はてしない物語」を読み終えた。モモを書いているミヒャエル・エンデ先生の作品。すっかり本の世界に引き込まれていた。戻って来た時ふと「僕は人に愛されたいのではなく、人を愛したいのだ」という気持ちが暖かく存在していることに気がついた。確かにあること。だけど何よりも「どうせ出来ないと」思い込んでいるのだ。自らに囚われて、それどころではなくなってしまう日がいずれ来てしまうと。でも、それでいい。その時はいつものように布団に潜り込み、誰にも会わず這いつくばって家の中でもがいていれば。その時は誰のことも愛せない。そんなことしている余裕なんてないのだから。とことん否定したらいい。なにも区別する必要はない。どちらもあっていい。遠回りしても良いのだ。そのひとつひとつが指針となる。時に間違えることもあるだろう。それでいい。その間違いもひとつの指針になる。指針は体の動き、創造によって現れる。そして思考を移動することでより明るみになる。自ら作り出した空間と現実との行き来を繰り返す。それは物語である。語らなくてはいけないのだ。物語によって指針は現れる。そして現実によって指針は明るみになっていく。それは道しるべだ。ひとつ扉をくぐれば、また扉が現れる。そうやって物語は紡がれる。その指針は動きであり創造である。それは内側にある。決して内側だけを見ればいいと言うものではない。外側を利用し、内側にたどり着く方法もある。外にあるものはヒントだ。外にあるものは答えではない。それは内の扉を開けるための鍵にすぎない。模倣せよ。模倣は悪ではないのだから。あなたのアンテナが反応する物はあるか。あなたのアンテナと通じあう人はいるか。それはヒントだ。模倣せよ。独自性などない。あるのは全体性だ。一人で作っていると思うな。全てと作っている。しかし、独りで作らなくてはいけない。内側に辿り着くには独りでなくてはいけない。それは孤独である。そこから逃げ出してはいけない。逃げたところで答えは一緒だ。また、戻ってくる。すなわち逃げることは出来ない。諦めなさい。観念なさい。あなたは独りなのです。生涯そうなのでしょう。しかし、忘れてはいけない。あなたは一人ではありません。全てがあなたです。全体です。あなたは全体です。そして独りです。そのことを忘れないでください。

 

手繰り寄せた言葉をまとめてみること

 まったく一貫しない文章ですが、手繰り寄せている感覚がある時はそのまま書こうと思っています。"愛"という言葉から僕は"独りであること"に辿り着きました。しかしそれは一人ではなかった。こうやって書かれる文章も一人では書かれていない。ここにはあなたがいるし、みんながいます。そして全てのものが存在しているからです。しかし、ここに辿り着くには独りでなくてはいけない。そこから逃げることは出来ません。逃げたところで、また元の場所に戻って来てしまうのですから。それでも逃げ続けなくてはいけない。回り道が必要だからです。その回り道した途中にも、大切な鍵が落ちていることがあるからです。それが外側です。外側にはヒントが隠されていることがある。それは人や物との出会いかもしれない。それは内側に続く鍵です。深い場所へと続く鍵です。扉が現れるとまた新たな扉が現れます。その扉を通ることができるのは独りなのです。しかし、扉は一つではありません。無数に存在しています。みんなにも扉があるということです。だから焦らないでください。早い者勝ちじゃないからさ。

 

 

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書くことでトランス状態に入る。

そこから言葉を手繰り寄せる。

変な話じゃなくてね。

 

あると思うのよ、言葉が溢れてくるみたいな。

考えて書いている時とは明らかに違うも物。

 

自分で言語を作るってそういうことじゃないかしら。