読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

青く光る海と店員になりすましたこと。

鎌倉の海が青く光ること

 19時過ぎにみーさんのお姉さんからメールが届いた。「鎌倉の海で赤潮が出てるんだって。夜光るかもしれないよ」みたいな内容だったらしい。溝井家にはテレビがない。なのでこうやって人伝いで情報を聞くことがほとんどだ。ぼくとみーさんは、何が何だか分からず海に向かうことにした。思い返してみるとこの日は家の周りも塩臭い匂いが充満していた。そして、洗濯物も乾かないものがあったりと「なんか塩臭いし、海の湿気か何かかな」とみーさんと話していた。海へ向かう途中、多分ニュースを見た人たちだろう。同じように海へ向かって歩いて行く人が多く見られた。手にはカメラを持っている人が多かった。由比ヶ浜にぶつかる若宮大路には車も多くあった。海に到着すると、いつもなら人だかりなんてあまり見られない時間にもかかわらず、人が溢れていた。そして、波が起こるごとに現れる青い光も。本当に海が青く光っていた。これは大量発生したプランクトンの中に夜光虫という生物が多く含まれていると見られるようだ。海が光るなんてこの時まで知らなかった僕は興奮を覚えた。すごく綺麗だし、美しいとも思った。それにこんな奇跡のようなことが起こるなんてとも。その光はすごく神秘的だった。青い光に僕は引き込まれていった。興奮して「本当に光るんだ!綺麗だね!すごいね!」って子供みたいに声を上げていた。

 

一人の少年が伝えてくれていたこと

 一人の少年が海の方向を向いて立っている。海は風もあり少し冷えている。陽は沈み、あたりはすっかりくらくなっていた。少年は海パンだけ履いていて、上は裸だった。足は海に浸っていた。赤潮が少年の足の周りを流れて行く。少年は一人海を眺めている。背は150センチほど、年齢は12歳くらいだろうか。髪はすっかり伸びきっていて、腰ほどの高さほどまで伸びていた。ウェーブがかっていてパーマでもかけているようだった。顔を覗き込むと、少年は目を細めて海よりも先を眺めているようだった。一点を見つめて、その目が動くことはない。青く光る海を眺める大人たちは少年にはまったく気付いていない。まったく見えていないようだった。「これは僕たちが作り出したことを知っているか」聞こえるか聞こえないかほどのかすれた声でそう言った。その声は老人のような声にも思えた。「僕たちが生きてきたことで生み出された光だ。本来は存在しない光。海はいつもここにある。海はいつだって光輝いている。僕にはそう見えている。いつだって寛大に人の行いを受け入れてきた。きっとこれからも受け入れ続けてくれるのだろう。しかし、海は悲しむことだってあるし、怒ることだってある。6年前の震災を見たでしょう?あれが海の力だよ。目の当たりにしたはずさ。未だに海そのものに目を向けようとする人はいない。この人たちが見ているのは光さ。夜光虫。海のことを見ちゃいない。誰も見ようともしないし、漂う匂いから声を聞こうともしないのさ。」少年はそれだけ言い放ち、海を去って行った。あたりを見回したとき、大人たちは一言も言葉を交わすことなく、画面越しの光をただ眺め続けていた。

 

店員になりすましたこと

 しばらく海を眺めていた僕は少し気分が落ち込み始めてしまった。帰り道、お腹の空いた僕とみーさんは駅前にあるサイゼリアに行くことにした。小エビのサラダにグラタン、パスタを二人で取り分けて食べた。お腹も膨れて来て、ぼーっとあたりを見渡した。制服を着た店員が3、4人フロアを動き回っていた。一人帽子を深くかぶった背の高い男性がいた。振り向いたとき目があった。僕は驚きのあまり「わっ!」と言って、立ち上がった。その拍子にコップを倒し水をこぼしてしまった。幸いにも誰にも被害はなく、みーさんは「大丈夫だよ。何事もなくてよかったね。意外と体が長いからね」と優しい口調で語りかけてくれた。帽子を深くかぶった店員は特に気にする様子もなく、調理場へと入っていた。「今調理場に入った人さ…」僕はみーさんにささやくような声で言った。「自分だった。自分て溝井孝司ってことだよ。おんなじ顔してた。そして自分が着ているように感じた。あの制服も、帽子も。いま実際に着ていたんだ。なんだか今日はダメだ。気分が落ち込んでしまっている」みーさんはうんうんとただ黙ってうなずいていた。

 僕は、小さなオフィスの中でブラインドタッチしながら入力作業をしていた。僕はスーツを着ていた。何年ぶりだろうスーツなんて着たのは。僕は「もうスーツを着る仕事はしない」と決め、スーツを全て捨ててしまった。無表情のままパソコンに向かい続けていた。そのオフィスの中で僕は会話をすることはない。しないのではなく、出来ないのだ。同僚と何を話せばいいのか分からずにいた。だからその日の仕事だけに集中し、時間がきたら「お疲れ様でした」とだけ声をかけて帰ることにしていた。そこで働き始めて1週間が経った。僕はもうこの仕事を辞めたいと考えている。またうまく馴染むことが出来なかった。そして、どこかに所属することに窮屈感を覚え、長く働くことが出来ない。また同じことを繰り返すのかと僕は落ち込みながらオフィスを出た。

 「あなたはもうどこかで働こうとなんてしなくてもいいんだよ」みーさんがそっと口を開いた。「属そうとするなんて変なんだから。元気でいてくれることが1番。最近は割と元気そうで嬉しいよ。自分で仕事して行くことを考えなさい!あなたの考えていることはいたって正常。属したり出来ないとかもう普通なんだから、落ち込まなくていいの」みーさんは柔らかい表情でにこやかに言った。僕は、トリュフのアイスクリームを食べ、カプチーノを飲みながら、うんうん頷いてみーさんの声に耳を傾けていた。そうして、アイスを食べ終えた後にやってきたのは甘辛チキンだった。

 

 

f:id:mizokoji:20170506093446j:plain

僕が見たのは海だったのだろうか。

もっと敬意を払わなくてはいけないと思った。

 

海を無視してはいけないと思った。