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溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

それでも書く運動をすること。

落ち込み始めた気分

 2日前の夜に海に行ってからというもの、気分が落ち込み始めてしまった。あまり動くことが出来ない。この時間になってようやくすこし体を起こした。僕はここで書くのと別でメモ帳を開いている。そこにも同時並行で書いているのだが、今日そちらのメモ帳はまったくもって良い感じとは言えない。「もう無理だ」「自分のしていることに意味や価値がない」「死にたい」と漏らす。それはそれでいいことにしている。最近は躁うつの症状があると素直に認めることにした。今は少し抜けることが出来たのでその状態を維持しようと書いている。だけど、やはり胸のあたりは苦しく引っ張られるような感覚がある。書けば少しその症状は和らいでるように感じられるからこうして書いている。出来るだけこういうこともオープンにしたいと思っている。隠さずに生きたいと。恥ずかしいことだろう。自分を保つことが出来ず定期的にこんな風に落ち込んでしまうのだから。ずっとそうだったのだから仕方がないと思い僕は観念した。定期的に起こってしまうことを止めようとする事もない。だけどこんな風に書くことで抜け道が出来ることは知っていればいい。忘れながらにして思い出してしまう。苦しみをだ。自己否定から始まる。僕はこうやって書いていることを素晴らしいと思い込んでいる。それはいいことだと思う。自分の作ったものは自分が一番素晴らしいと思えたほうがいいだろうが。しかし、しばらくすると「何を書いているのか。こんなこと書いたって無駄だ。こんな文章では誰にも伝わるわけがない。理解されない。続けることが無意味だ。生きている意味などない」とグルグルと思考し始め、泥沼にはまる。作り出したものすべてを否定し、自分自身も否定する。これから新しく作ることに意味はないと思い始める。そんなことを繰り返している。

 

カラスがいる

 指だけでも動かすこと。運動する。足を揺する。貧乏揺すりをする。布団で横になりながらでも動かす。揺する。揺れる。振動する。振動は心動。心を動かす。だから動かなくてはいけない。揺れ続ける。揺れは滑らかさを生む。文字を生む。文字が出てくる。お産する。生まれる。吐き出す。嘔吐する。目を瞑る。静けさがある。部屋の外の音。風が鳴る。風は吹いていない。どこにいるのだろうか。カラス。なく。泣く。泣いている。カラスは泣いていた。自らの姿に絶望した。だから鳴いていた。肩が重い。首から肩にかけて。腰に違和感がある。ずっと張っている。体が痛い。目がしみる。目が痛い。コンタクトをつけるとしみる。そのことがわかる。人の声。おばあさんの声。鳥の声。さえずり。おばあさんのさえずり。嗚咽がする。おばあさんは堂々と嗚咽した。表情一つ変えることはなかった。目はしっかりとカラスだけを見据えていた。カラスは観察した。おばあさんを観察した。啄ばみ始めた。嗚咽するおばあさんは嗚咽を続けた。カラスは毛をむしり、指先をついばんだ。泣いている。カラスは泣いていた。おばあさんは耳をむしった。聴覚はいらないという。それでも聞こえるのだという。聴覚こそ私を妨げると言った。もうこの世界の音楽にはうんざりしたといった。おばあさんは手の甲だけでギターの弦を鳴らした。ただ、サウンドホールのあたりの弦を叩いた。「これが私の音楽だ」と言った。ただ、叩いていた。チューニングされていないギターの弦が叩かれる音が道に広がった。カラスはそのリズムに合わせて鳴いた。カラスはその音に合わせて鳴いていた。カラスには聞こえていた。「カア」と鳴いてカラスは飛んで言った。

 

 

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散文。