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溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

空想的ほど現実的。妄想的ほど現実的。

フルグラの食感と風の行方

 朝起きると大抵フルグラを食べている。ヨーグルトを乗せて、混ぜて。少しやんわりとさせる。けれども噛むとカリッと少しの噛みごこちが残っている。それくらいの柔らかさが好きだ。ゴリゴリと音がする感じが好きだ。それは体に響いているからだ。楽器のようなものだ。体に響いてくる音が好きだ。心地よい音が体に響いてくる。自分の声が響いてくる。そこに力みはない。ただ通り抜けていくような声が好きだ。暖かいお茶は気持ちを落ち着けてくれる。冷えてしまった体を温めてくれる。体の内側に染み渡る。それが何よりありがたい。お腹が冷えて、お腹を下している時なんかは尚更。風が部屋の中を通り抜けていく。風は前触れもなく通り抜ける。ここに留まろうとはしない。居座ることもない。ただ心地よさだけを残して帰っていく。見返りは求めない。ただ通り抜けただけだった。風は心地よくしようとは思っていない。ただ、空いている窓から入ってくる。そしていなくなる。風がいた瞬間はあったのだろうか。確かに肌で感じていた風は本当にいたのだろうか。今もまた通り抜けていく風はどこにいってしまったのだろうか。風はどこにいるの。吹いていない時に風はどこにいるの。どこで待っているの。

 

人を見つける能力と作り始めてしまうこと

 「友人から鎌倉でイベント(講座)のようなことをすると連絡があり、よければこない?」とお誘いがあった。しかも無料でいいよとのこと。僕は今、創作活動ばかりしている。仕事はしていない。というより出来ない。仕事しようとすると頭がこんがらがってしまう。金銭的にはかなりきついはずだが、なぜか比較的落ち着いている。僕はこうやって書くことが仕事だということに気づいた。僕自身が仕事であるということだ。そこから貨幣を発行出来ると思えている。これは芸術活動としてだ。作品を買ってもらうこともそうなのかもしれないが、投資してもらえばいいと思った。活動資金として。投資であり、寄付ではない。だからそれをそのまま確定申告すればいい。これが生きていることを仕事にすることだと思った。なんだっけ、そうそれでそのイベントというのは企画書に関しての物らしい。そこで僕は先に企画書を作ってしまおうと考えた。僕はまずやってしまうということが態度として大切だと思っている。今出来るものを作ってみるのだ。学んでからやろうとすると、行動が遅くなる。だからこれまでも、絵日記を描きたいと思ったら先に描いて、絵日記の講師をしている人に見せたし、コーチングの個人セッションをしたいと思ったらどこかのスクールに通う前にまずセッションを受けまくって、実体験から学んだことを元に個人セッションを始めた。先にやってしまうのだ。そういうことが大切なんだとふと思い出した。学校に行ってからとか、講座に行ってからとか、学んでからやるのではなく、いま始めてしまうのだ。そうすると少しずつ出来上がっていく。そしてその過程の中で、ちゃんと調べる。調べると面白い企画書を作っている人は沢山いる。その中で誰が作っている企画書がいいか人を見つける。人を見つけることこそ重要なのだ。見つけることも重要な能力だと僕は思う。自分と近いことをしている人を見つけるのだ。そうして作りながら、磨いていけばいい。僕は後から知ることが多い。出来たものがどんな手法で出来ているかとか、どんな作品のジャンルなのかとか。無知な状態でしか作り出せない物もある。その時の作品には生々しさがあると思う。それを見せるのだ。表明する。発表する。それが態度だ。お金を払う以上の態度。やっていないことには質問が出来ないし、自分がその物に対しどう感じるかも知ることが出来ない。

 

自由な発想と想像力を育むこと

 子供の頃に僕は絵を描いていた。キャラクターを作った。キャラクターは「アホ星人」という名前だったが、いつも裸だったので、ゲームに出てくる召喚獣などを絵の中で着せ変えていた。僕の使っていた自由帳にはそんな絵が描かれていた。家の中にある窓際の近くに架空の橋を作った。足元は深い深い谷底になっていた。僕は、危険な道を進む冒険家になっていた。押入れの中に潜り込み布団と一緒に紛れ込んだ。そこの隙間に入り込み小さな空間を作っていた。自分だけの空間でなぜかそこは安心することが出来た。身をひそめることが出来ていると感じた。僕は子供の頃が創造的だったかと言われると決してそうではなかった。ここに書いたのは創造的と思えそうなものを記憶から引っ張り出してきたものだ。あまりにもちょっとの記憶しかない。どちらかというと、プラモデルを作ったり、ゲームをしたり、ハイパーヨーヨーをしたり、カードゲームをしたり、野球をしたり。それらは、既存の決められたルールの中でやっていたように思う。それは"誰かが作ったルール上の遊び"だった。だけど、とことんそのことに没頭していたからなのかもしれない。高校生の時まで野球をしていてあることに気がついた。与えられた空間の中だけで生きようとしてもうまくいかないし、そこで言われる結果の意味が見出せなかった。それに楽しいとは到底思えなかった。辛く苦しいだけで、生きている心地さえしなかった。その時のことがきっかけで、心のことに興味を持つようになった。その時からひどく落ち込みやすかったし、人とうまく関わることが出来なかったこともある。そして心理学を学んで行く中で、僕は自分の自由な発想であったり、創造性を思い出しこれからずっと育てたいと心から思った。それこそが生きて行く力だと思った。ちゃんと子供の時よりも、子供をしようと思った。今、自分の発想と創造性とを現実さんと対話させ交易していこうと考えている。そのための文字であり、言葉だ。

 

 

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いま、自分の自由な発想と想像力を言語化しようとしている。

 

 

ここで"企画書"というワードが出てきたのも意味あがあり。

まずはやってみるのである。