溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

大抵が人づてだから見たいのはあなた自身てこと。

いつまでも治らないこと

 僕は、池袋の東口にある居酒屋で珍しくお酒を飲んでいた。煙草の煙や声がフロア一帯に充満している。僕の頭上で声の不協和音が鳴り響き、煙は行き場を失って漂ってる。どちらも迷子になっているようで、可哀想にも思えた。それで居酒屋にいる僕はなにがしたかったか伝えたい。そう、おしっこがしたかった。もう流石に我慢できないと思ってトイレに駆け込んだ。僕はなぜか便器にではなく、洗面台に用を達した。水道をひねって水と一緒に流した。だが、どんなに出したところで、また尿意が襲ってくる。何度も何度も尿意が襲ってくる。僕は不安になった。一生終わらないんじゃないかって思い始めた。トイレは一つしかなかった。洋式の個室トイレだった。ドアの外に誰か待っていないかとヒヤヒヤし始めた。だって、僕はこの尿意が治らない限りトイレから出れないんだから。誰かが待っていることに対して、さらに不安が倍増する。そして尿意も倍増してくるんだ。もう、洗面台からは水が溢れ出しそうになっていた。そうして僕は心底思ったんだ。「トイレに行きたい」って。そうしたら、僕は布団の中にいた。すぐにトイレに向かおうとした。だけどまずは布団を確認したんだ。大丈夫、濡れていなかった。漏らしていないことに安心して僕は実際にトイレに駆け込んだんだ。

 僕は膀胱の映像を見たような気がした。あの洗面所の水がもし流れ出していたら。僕はきっと布団をびちゃびちゃに濡らしていたかもしれない。そうして、どうしていいかわからずに隣にいたみーさんにこういうだろう。「すみません。漏らしました。」素直に言おうとは思う。嘘ついたってしょうがないからね。そう、それで僕はすっかりスッキリして今度は安眠したってこと。尿意に襲われることもなくね。

 

あなたの先にいる人と作品に出会う

 僕は無知だ。何も知らない。音楽だって、絵画だって、何に関しても初心者だ。知識もない。意識が散漫になる。しかし、僕に必要な人には誰かが出会わせてくれる。誰かが知っている。誰かが作品を知っている。あなたと出会うことはその先にいる何人もの人と出会い、いくつもの作品と出会うことになる。あなたから人と作品に出会う。すごく簡単なことだ。それが僕に出来ることだ。あなたに興味があるということは、あなたの先にいる音楽に、絵画に、作品に興味があるということだ。あなたを構成している要素に興味があるということだ。僕にはそれが出来る。あなたとその先にいる人と作品と出会うことが出来る。僕は人に興味がある。その先に興味がある。あなた自身を取り巻く物たちにだ。だから僕は触れ続けなくてはいけない。接触を続ける。それは一見頼りない。一本の糸だ。とても細く今にもちぎれてしまいそうだ。しかし、何度だってその糸は繋がりを取り戻す。それは意図だ。意図することで、その糸は手繰り寄せることが出来る。その先にも無数の意図が存在する。そこに焦点を当てる。あなたとの出会いに。あなたのこれまでの出会いに焦点を当てる。個人である、名前のある出会い。匿名化されていない世界。

 

母の日のプレゼントは織り布だったこと

 5月14日は母の日だ。誰が決めたのか知らないけれど。鎌倉ではボーダフェスが行われていた。御成通りや由比ヶ浜通りはボーダーを着た人と犬で溢れてた。由比ヶ浜通りにある、みーさんお気に入りのミサキドーナツ。そこのお兄さんは「ボーダフェスは1年で1番盛り上がるかもしれないです」なんて教えてくれた。みーさんの家に遊びに行く予定だったのでみーさんはお土産にドーナツを買っていた。お昼ご飯はもちろん太陽堂でラーメン。しおつけめんにした。大盛りでネギ抜き。今は店主が一人で切り盛りしているので席に着くまで僕たちのことを気づかなかった。「ごめんね〜、気づけなかったよ。怖い顔してなかった?」なんて話しかけてくれる。店主とは自然と話すことが出来る。そういう人がいるのはとても嬉しいことだ。 みーさんのお母さんには僕の織った布をプレゼントした。とても気に入ってくれたようだった。「この色合いは素晴らしい!」って言ってくれた。元は織りあがった布を見て、みーさんが「これ母ちゃんが好きな色だなー。きっと喜ぶ。」と言ってくれたので、母の日のプレゼントにした。

 みーさんは人と物や空間と物を組み合わせるのがうまい。物の活かし方を知っている。空間の活かし方を知っている。どうすれば人が喜び、どうすれば物が売れるかまで知っている。プロデューサーでもある。これは僕の言う空間とは違う空間だ。僕のは空想上の空間。架空の空間、思考の中に巣を作ることだ。みーさんの得意とする空間は実際にある、空間をどう活かすかだ。部屋の中やお店の中といった空間。五感を使って空間を作るんだ。そこには、みーさんの感性がふんだんに盛り込まれる。それが居心地の良さや、安らぎを生んでいるのだと思う。

 

 新しいことを始めて、飛び込んだ後のこと

 思えば鎌倉で家を探していたとき朝早く佐助という地域を歩いていた。鎌倉時間は早いので、まだ鎌倉に住む前は始発に乗って鎌倉に集合し、みーさんと散策していた。街の人は目があうと「おはよう」と声をかけてくれた。挨拶があるっていいなってその時思った。そうしたら鎌倉に住むことになった。僕とみーさんはすでに結婚していたけれど、どこに住むか決まっていなかった。結果、みーさんの嗅覚で鎌倉の物件を見つけた。まだ住み始めて5ヶ月くらいだけど、ゆっくりでいいのだと思った。僕は空想的なところがある。現実のスピードが空想に追いつかず、そのギャップに苦しみ始めたりする。だから、じっくりと続けていくことが大切なんだと思っている。僕の場合は。「続けること、やめないこと」これはある男からのメッセージだ。これは僕の中に深く刻まれている。夢自体になる。そしてやめずに続けなさい。何か新しいことを始めるなんて簡単だ。どんどん新しいことを始めたらいい。それは刺激になる。勇気を持って始めるだけ。勇気だけで飛び込むことは出来る。大切なのはそのあとだ。興奮状態から覚めた時どうするか。絶対に覚める。ずっと覚醒なんてしていられない。そうなったとき、どうやって振る舞うか。冷静に物事を見始めた時どうするか。恐怖をかき消さずに共に居続けることが出来るか。これは飛び込み続けないと分からないことだ。飛び込む勇気があるのだから大丈夫なんだ。何にも飛び込んでいないことに気がつくんだ。そこには何もなかった。踏み出さなかったから分からなかっただけだ。飛び込んだ先にい続けなさい。それが僕であり、あなただ。

 

 

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ブラックバードのギター音が頭から離れません。

これに出会ったのも人づて。

大抵のことは人づて。

 

だから、その人自身を見たいのだ。