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溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

我らはノーパン族であること。

抑圧はパンツが生んでいること

 ノーパン族。我らはノーパン族だ。ノーパン族は開放的。締め付けから解放された民族である。ノーパン族は争いを嫌う。内なる争いから解放されるのだ。ノーパン族は締め付けない。しかし、見た目は何一つ変わらない。見た目では分からないのだ。脱いだらわかる。ズボンやスカートを脱ぎ捨てた時、内側が見えてくる。パンツを履いているか、履いていないか。見た目では分からない。ノーパン族であることは自由である。ノーパン族であることはリラックスできる。ノーパン族であることは安らぎを与える。ノーパン族は争いを好まない。ノーパン族であることがわかれば、誰も争うことなどない。パンツを履いているから争いが生まれるのだ。隠してはいけない。自由でなくてはいけない。解放していなくてはいけない。ノーパンでなくてはいけない。ノーパンから始まる。ノーパンであることから、対話は生まれるのだ。1枚脱いでみたらいい。誰にも見られはしない。分からないのだ。その解放感が。見たところで何も変わらない。ただ、あなたの振る舞いは大きく変化する。それはノーパンが生む。どんなに着飾ったところで、ノーパンでなければなんの説得力も生まない。大切なのはノーパンかそうでないかだ。聞いてみるのだ。まずは聞いてみろ。「あなたは今ノーパンですか?ノーパンの開放感知ってますか?」と。世界の争いはパンツを履くことから始まった。パンツは人を締め付け、苦しめている。そのことに気づいていない。パンツに悪気はない。ただそう造られてしまっただけだ。これは解放運動である。パンツが生む苦しみからの解放運動である。これはノーパン族からのメッセージなのだ。私は聞いた。だから今ノーパンなのだ。洗濯するついでにパンツを脱いで、そのままノーパンなのだ。私はノーパン族である。誓いや堅っ苦しい掟もない。あるのはノーパンだけ。気軽な人生が待っている。私を締め付けていたのはパンツだった。パンツを履いた猿だったのだ。パンツを履いているのは人間だけだ。そのことを考えなくてはいけない。なぜパンツが必要だったのか。パンツは抑圧の始まりである。パンツを手放せ。ノーパン族であれ。見た目を着飾るな。ノーパンであれ。ノーパン族であれ。

 

風には抜け道があること

 思いもよらぬところに抜け道がある。それは、寝返りかもしれないし、貧乏ゆすりかもしれない。もしかしたら、ノーパンであることかもしれない。どれも対したことではない。ちょっと体を動かすということだ。気持ちが落ち込んでいる時、それは体が窮屈で退屈しているということだ。解放してあげなくてはいけない。ノーパンは効果的だった。風を受け入れる。体で風を浴びることができる。風は通り道を探している。優しく通り抜けていく。風を止めていたのは自分自身である。受け入れなかったのもまた自分自身だ。いつの日も風は吹いては消えていた。消えた後、吹いていない時どこにいるのかは教えてくれない。それでも風がいることを私たちは知っているし「風が吹いた」と言う。体で風を見ているからだ。もし、体の感覚がなかったら風を見つけることが出来るのだろうか。木々は揺れるし、砂は飛ぶだろう。鳥も風に乗って飛んでいくだろう。それでも私は風を見つけることが出来るだろうか。匂いだ。風の匂いを感じとることだ。風は匂いを運んでくる。それも風だ。風は姿形を変える。自由だ。匂いにもなれる。風は匂いと共に通り抜けていく。

 

助けてと気軽に言い合える社会は、本当に助け合えるのだろうか

 「助けてと気軽に言い合える社会は、本当に助け合えるのだろうか」と彼は言った。「見た目の障がいのことを言っているだけなんじゃないでしょうか?内面を助けてくれる人っているんでしょうか?助けてと言ったら助けてくれるのでしょうか?90分30,000円なんでしょうか?助けられるにはお金がいるんでしょうか?助けてと言うだけで。それだと私は毎回、90分30,000円なんでしょうか?自己責任論なんじゃないでしょうか?自分を見つめろと言い放つんじゃないでしょうか?自立していないとか、大人じゃないとか、甘いとか言って、助けてと言ったら叱られるんじゃないでしょうか?」

「耳を傾けたらいいんです。友達に家族に話せたらいいのです。それが出来ればいいんです。しかし、それすら出来ない世の中になってしまいました。どうして、言えなくなってしまったんでしょうね。本当に必要なのは90分30,000円じゃないんです。隣の人に伝えることなんです。友達に、家族に伝えることなんです。助けて欲しいと言うことなんです。辛いんだ、苦しいんだと声を出すことなんです。」

「それは出来るのでしょうか?理解されるのでしょうか?理由のない辛さや苦しさを伝えることは出来るのでしょうか?何度も何度も訪れるこの辛さと苦しさは理解されるのでしょうか?」

「決して一人ではないことを忘れないでください。ただ、独りであることは忘れないでください。理解されなくていいのです。それでもいいのです。伝え合えたということが大切なのです。それが助け合うと言うことです。声を掛け合うだけでなく、伝え合うことです。そこには少しの勇気がいります。大丈夫です。それでも伝えてみてください。あなたには勇気があります。そのことを思い出してみてください。呼吸しています。歩いています。心臓は動いています。それは勇気のいることです。また、それらを放棄することも勇気のいることです。どちらも一緒なのです。あなたは慣れているだけです。今まで通りにその勇気を感じて見てください。あなたには勇気がある。だから伝えてみてください。」

 

 

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ノーパン族は解放的である。

風の通り道を作ること。

 

体はいつも抜け道を探している。