溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

叫びと囁きはどちらも内にあること

対話と多様性

 対話とは何か。ただ、向かい合って話せばいいってことではない。慰め合えばいいものではない。生物の声を代弁する。大地の声を代弁する。風の声を代弁する。そのために音がある、声がある。そして、人がどうしたら健康でより良い地球に向かっていけるかを伝え合うことだ。そうやってつながり合うことだ。無意識が今の社会を生み出したことを知ることだ。私たちが放っておいたのだ。見て見ぬ振りをしたのだ。だから今の社会は生まれた。無関心が生んだ。自分のせいにしなさい。なぜ、人のせいばかりにするのか。自分と向き合いなさい。徹底的に自分を批判しなさい。大きな人に子供はどこに言ったのか聞きなさい。あなたの子供はどこにいるんですかと聞くのです。性別は誰が決めたのですかと聞きなさい。どうして、男らしさとか女らしさで振る舞いを決めるのですかと聞きなさい。どうして、見た目だけで人を判断するのですかと聞きなさい。ダイバーシティとか多様性を訴えることは内面に置いてもです。人の内面の多様性がそこにはあるのか問いなさい。好きなものを一番に大切にしたいと言いなさい。愛している人と一緒にいたいと言いなさい。時間持ちになりたいといいなさい。あなたの内面が知りたいと言いなさい。あなた自身に興味があると言いなさい。いつから隠すように生きなくてはいけなくなったのか聞きなさい。もう怯えることはないと言いなさい。何も思考していない人間がその場を取り仕切り、それがいかにも正しいような振る舞いをすることは怖いことだ。そしてそのことに対して警告を鳴らさないことが何よりもいけない。気づいている人がいけない。気づいている人が見て見ぬ振りをしていることがなによりもいけない。私は誰よりも対話が生まれる場を望んでいる。それが出来ると思っている。それこそが生きる意味なのだ。話さなくてはいけないことが何かを捉えなくてはいけない。今、大切なことは何か。目覚めなさい。目を覚まして。夢になりなさい。そのまま目を覚まし夢自体になるのです。いつの日も緊張感を持ちなさい。対話はいつ起こるかはわからない。その瞬間を見逃してはいけません。タイミングです。それは一瞬なのです。わかったような口を聞いてはいけません。理論では語りきれません。それは感性。感じ取ってください。理論ではなく、感じ取ってください。しかし、知性と感性はどちらも活かすべきです。どちらも使いなさい。そして、自身を見つめなさい。あなたに還りなさい。冷静でいようとしなくていいです。どうぞ、かき乱してください。それが必要です。揺れを感じてください。地震は起こっている。体の中で起こっている。その揺れこそあなただ。揺れに耳を傾けなさい。静かに耳を傾けなさい。

 

表面でなく奥を見る

 表面的な解決もいいのかもしれません。しかし、僕は大地に興味がある。あなたの大地にだ。大地はコンクリートに殺されている。息が出来ずに苦しいと言う。海は流れ出た生活排水によって苦しいと言う。死ぬものまでいる。空気は飛び出た廃棄物によって苦しいと言う。空気は殺されてしまった。目を背けるな。目を背けてはいけないことがある。よく見ることだ。目の裏にある映像を見るのだ。音を見ろ、肌で見ろ。根本に興味がある。表面的な物ではない。物に捉われてはいけない。直視せよ。目を使え。本当の使い方を。本来あった使い方を。視力ではない。視力は関係がないのだ。あなたがどこに属しているかなど興味がない。あなたの周りに誰がいるかなどどうだっていい。あなた自身に興味がある。あなたを知りたいのだ。あなたはなにが好きなんだ。あなたの奥にいるのは誰か。周りではない。奥にいるのが誰かに興味がある。それは芸術か。音楽か。あなたの奥にあることを教えて欲しい。伝えて欲しい。周りではない。奥だ。

 

無視しないこと

 僕は声を無視しないようにしたい。声にならない声だ。それは悲鳴のようなものかもしれないし、静かに囁いているかもしれない。どちらにしても、その声を無視してはいけない。そのことを書いている。伝えている。人は自分自身までもコンクリートまみれにする。硬く硬く壁を作る。そのことを直視しなくてはならない。無視してはいけないことだからだ。隣で泣いている人を無視するな。泣いている。あなたの子供が泣いている。泣いている。泣いている。なぜ手を差し伸べようとしないのか。大人になったような顔をするな。大人であるように振る舞うな。大人などいない。ダサい顔するな。死んだ目をするな。生きろ。生きて伝えろ。生き抜く術を伝えろ。魂を売るな。乗っかるな。独りになれ。損得で近寄るな。滑らか。柔らかくなる。静かになる。止まる。時間が、空気が止まる。もともと動いていなかった。

 

水と砂

 喉が乾く。水ではなくなってしまった。私が水ではなくなった時それは人なのか。水は乾いていた。水が乾燥していた。水は浸透しなかった。体に吸収されない。かと言って干からびない。ミイラ化もしない。ただ、水を吸収しない体になった。喉が乾いている。水を飲んだところで状態は変わらない。むしろ悪くなった。いい悪いではなかった。私の中にある水は亡くなった。泣いた。水は泣いた。友の死を泣いた。水はまだ隣にいた。しかし私に入り込もうとはしない。ただ、水として歩いている。水は砂漠の上を歩いた。砂に吸収されることはなかった。私は砂になっていた。どんなに水を吸収したところで、水はどこか深くへ流れていく。すぐに私は乾いていた。元に戻った。いつもの乾いた状態に。水が欲しいと叫ぶ。水はすぐにやってくる。そして浸透していく。しかし、私の中入ることはない。ただ抜けて行っただけだ。私は乾いていた。浸透することはなかった。

 

 

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僕は声を書きたい。

それは内側にある声。

それは外側からくる声。

 

どちらも漂っているもの。

そのことを書いている。

 

水と風のこと。

そのことを書きたい。