溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

回想候。

回想

 作文の時間が好きだったんです。そりゃ最初はえーって思いますよ。書くの面倒だなとか。ただ、書いている内に文字の世界に入っていけたんです。夢中になったことを覚えているんです。溢れるように文字が紙の上に現れていくことを覚えています。その時間が楽しかったんです。あっという間でした。すぐにチャイムの鳴る時間が迫ってくるんです。国語が好きだったんだと思います。朗読するのも好きでした。手を挙げて読むのを立候補しました。それは友達もやっていました。少しドキドキしながら、それでも指名されたら堂々とやりのけるあの感じが好きでした。まるで演技をしているようでした。舞台に立ち、僕の演技に観客が見とれているように感じました。だから工夫をしました。ただ読むだけではありません。感情を込めた話し方をしてみたり、抑揚をつけたりしてみました。そういった工夫をする友達を見て感心したりもしました。体育も好きでした。しかし、縄跳びとか鉄棒とか水泳とかそういうのは苦手でした。サッカーも。ボールを上半身で使う競技が好きでした。ドッチボールとかバスケとかバレーとかソフトボールとか。だから野球を始めたのかもしれません。ボールを投げたり取るのは楽しかったですから。打つのは苦手だったから練習しました。そうしたら打てるようになりました。練習の甲斐あって、4打数4安打した日を覚えています。僕は4番だった。父と喜んだ日のことを覚えています。なぜか、ランニングホームランをしたことも。バッティング練習の時に柵をボールが越えていった日のことを今でも忘れません。「やったー」と心の中で喜んでいたのですから。顔はにやけていました。そのことは監督にすぐにばれました。音楽が好きでした。歌うことが好きだったのです。人前で歌うことはすごく緊張したのを覚えています。テストか何かで歌うことがあるのでみんな一人ずつ歌うのです。ちょっとした拷問のようにも感じましたが、歌うとやっぱり気持ち良かったですね。恥ずかしさよりも気持ちよさの方が優っていました。合唱の一体感が好きでした。声が混ざり合うこと。表情は見えないが、並んでいるみんなの声が一人一人感じ取れること。そうやって歌っていました。歌っていて涙が出てくる体験をしました。涙が出そうになることはありましたが、それは中学校の卒業式でした。「旅立ちの日に」という歌を歌うのです。そこにいる人たちと歌う最後の曲だと思うとこみ上げてくるものがありました。教室に戻ってから、もう一度その歌を歌いました。担任は音楽の先生でした。先生の計らいだったのです。「最後にもう一度歌おうか」と言ってくれたのです。僕は歌いながら涙を流しました。これが歌いながら涙を流した初めての体験です。その後も音楽の力に魅了されました。どんなに意見の違う人同士でも、わかり合うことができないと思っていたとしても、一度ドラムの音が、ギターの音が、ベースの音が、ピアノの音が、そして歌声が。音が鳴り始めるとそこには一体感がありました。この空間をまた作りたいと思いました。美術の時間はあまり好きではありませんでした、僕よりも絵を描くのが上手な人がたくさんいたからです。僕は写生とかそういうのが苦手でした。上手く描こうにも上手く描けなかったのです。だけど、絵を描くことが好きでした。小学校4年生の時の夢は「キャラクターデザイナー」でしたから。アホ星人というアホな顔したキャラクターに、ゲームに出てくるキャラクターを被せて、着せ替え人形みたいにして遊んでいました。自由帳にたくさん描きました。それを見て笑ってくれた、友達がいたことを今でも覚えています。しかし、野球を始めてから絵はあまり描かなく鳴りました。たまーに描く程度でした。ちょっとして絵です。挿絵のようなもの。それでも何か描きたいなと思うことはあったんです。だから、人目に触れずに描いていました。また絵を描こうと思ったのは絵日記を始めた時でしょうか。ちょっとずつ絵を描く喜びを思い出したように思います。最初はシャーペンだけだったのが、今では絵具にまで手が出ました。あの頃はそんなに好きでなかった絵具が、今は楽しくてなりません。「芸術とは自分の作った思い込みとの対話なのだ」と思いました。それは無意識が作り上げているものです。暗黙の了解のようなものです。過去の経験でもあるのでしょう。そこと向き合い対話するのです。こうやって書き始めたこともきっかけがあったのでしょう。「夢を叶えるゾウ」という水野敬也さんの本を読んだ時、文章を書きたいと思うようになりました。これまで本はお堅いもんだと決めつけていたのですが、軽快に自由に書いていいんだと感動したのです。ギターをやりたいと思ったのは高校生の時でした。カラオケにはよく言っていたのですが、友達がバンドで演奏しているのを見たのがきっかけだったように思います。その後、中学校時代の友人にギターをもらうものの一向に触れることはありませんでした。2年前にようやく触れました。そこから少し距離を置いたりはしたものの、やっぱりそれは過去の自分との約束のようなもので、今は下手くそで落ち込んでも続けたいものです。

 

 

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こうやって挿絵を添えて、この文字が本になったらいい。

僕にある成分が伝わればいい。

 

その出版を記念して個展を開き、ギターの弾き語りライブも出来たらいい。

 

そうしてその空間を味わってもらえたらいい。

感じ取ってもらえたらいい。

 

深いところではつながっているんだと知ってもらえたらいい。

 

名刺交換や肩書きはいりません。

持ち込まなくて大丈夫です。

そんなものなくたってあなただから。