溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

散歩でもしてお花をつんでみようかしら。

何もない

 「何もない。人混みの中を歩く私は何もなかった。駅を歩く私には何もなかった。少し気をぬくといつも通りに戻ってしまう。私はなかったの。」通話越しの声はそう言っていた。何もなかったと言っていた。人混みと高層ビルに囲まれたその街には何もなかったと言っていた。それは一つのパフォーマンスのようなものかもしれない。何もないと言うことがパフォーマンスのようだ。表現しているのは自分ではなく、通り抜けて行く風であり、流れて行く水だ。私ではない。それは確かに存在しているように思う。ただの空洞なのだ。通気口。排水管。体の使い方。

 

鳥の声

 「ピコチコピヨチヨ」「チュンリュルチュチュチュ」「ピヘピヘピヘヘ」鳥の鳴き声文字にする。この「ピ」ではない「ピェ」のような「キピエ」のようなこの音をどう文字にすれば良いのでしょうか。「キピエンピンピンピエ」「チューチューチュー」「ヒェーヒェーピエン」カタカナだと足りない。どうしたらいいのか。「pyeen pyen」「kyeeee kyeeeeeeen」なのか。こすれるような。あのこすれるような。小さいころ持ってた鳥の鳴き声がするとか言って持っていた、あの回してこすれるような音がするのが近い。でもちょっと違う。あの黒板をこするような音。でも、黒板みたいに嫌な音じゃない。もっと優しい音。けど、うるさい時もある。鳥のさえずりとか言うが、叫びにしか聞こえないときある。「ビィエェェェェェ!ビィエェェェェェェ!」て、何を伝って叫んでいるのか。鳥の声。ああ面白い鳥の声。「チュン」

 

悩みこそ

 鬱蒼としている。手入れはハサミでちょきちょきと。毛先をちょっと切るだけでも、気分は変わってくるものだ。水で洗い流すのもいい。水は洗い流してくれる。条件なし。どなたでもお流し出来ます。突く。鳥のように突く。木を突く。少しくすぐったいくらいに突く。体がそわそわと動き出す。体の中がくすぐったくなる。決して痛くないように。その絶妙なところを突くのだ。ノックとも違う。後ろから前から突く。ツンツンとも違う。鳥のように。時折「チュン」って言う。耳からも。最初の一言で大抵人は元気になる。「やぁ、どうしたどうした?」これでいいのだ。これこそが、木を突くこと。悩みなんてどうってことなくなる。一言でいい。「久しぶり。元気してた?」これでいい。別に何かしていようが、していなかろうがなんだっていい。悩みこそ、芸術。悩みこそ、生命。

 

柔らかい現実

 現実は固い。動かすなら柔らかい現実を。寒天粘土のような現実を握る。ムニムニする。「あああん」って気持ちになる。言葉にならない「あうん!」って言うのが出てくる。それも現実。僕が持っている現実。その現実で空間を生み出す。もう一つ作る。ないなら作る。実際には建てない。お金かかる。そうじゃなくて、作る。建てる。それは寒天粘土。「ゔぁぁぁぁ」ってなんか出てくるその感じ。その感覚。柔らかい現実。ムニムに。おっぱいのよう。握ってると暖かくなる。寒天粘土ね。ムニムニする。現実をムニムニする。固い現実ではなく、柔らかい現実をムニムニ。「あぁぁゔん!」って言うのがきたら、それでいいってこと。その動きに耳を傾けること。そこに柔らかな現実があるということ。

 

コラージュ

 コラージュされている世界。自分でコラージュしている。切って、破って、色を塗って、いろんな素材を用いて、ひとつのものに貼り付ける。素材を集める。まずはそこから。素材を生み出す。農家。職業は農業。ただ手から生み出す。手の大量生産。時代と逆行。それもよし。

 

友達なんだ

 目やにとか、鼻に溜まる皮脂とか、毎日出てくる。飽きることなく毎日毎日生まれてくる。鼻くそとかも毎日生産している。ウンチだっておしっこだって。「みんなみんな生きているんだ、友達なんだ。」

 

寝床から生まれる

 大抵、布団の上で生きている。もうすぐ12時間ここにいる。布団の上から生まれている。歌も文字も絵も。大抵は布団の上。1枚の布団から始まる。寝床から始まっている。寝床こそ芸術。時に座布団もその仲間入りを果たす。家の中の座布団で農業をする。寝床から生まれるものは様々ある。子供だって寝床から生まれるはず。寝床からみな生み出される。それは一枚の布団。一枚の座布団。

 

風穴

 風の通る場所がいい。風の通る場所はいいところだなと思った。窓を開けて、風の通り道を作ることは、人にはいいことだと思った。風にはどうかわからない。風にとって聞いてみる。「あなたがこの家を通っていくことは、風にとっていいことなのでしょうか?」そう問いかけると、静かに風が通り抜けた。なんて綺麗なことは今起こることもなく、まったくの無風なのだ。ただ、時折吹く風が、僕に風穴があったことを思い出させてくれる。ただの空洞だったこと。筒だったこと。空き瓶だったこと。ただの空き瓶にちょっとお花を添えたら、彩りのある食卓に変わるのだ。

 

 

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ちょっと散歩でもしてお花でも積んでみようかしら。

なんて思った。