溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

部屋の中でやっていることを外でやる。

気持ち

 切ない。物悲しい気持ち。寂しい。ここにいます。わかって欲しい。理解されたい。愛されたい。気持ちが渦巻いている。撹乱している。胸を締め付ける。思考は働いている。休まない。止まることはない。かといって調子が悪いわけではない。しかし、気持ちは渦巻いている。放っておけば拡散していく。広がって行く。このまま解放してしまうと本当におかしな残念な人になってしまう。かといって押さえつけるわけにはいかない。だから、書いている。歌うことで鎮静する。そういう効果がある。だからやっている。それでも消えることはない。存在はし続ける。これは誰かの声であり、自分の反応ではないことが分かってきた。昔から持ち続けていた。時折、僕の体に入り込んでくる。僕は声を書くことを仕事にしている。それは子供の声であり、空の声である。海の声でもある。風の声でもある。湖でもある。木々のこすれる音である。そのようだ。そのようだから書いている。自分の気持ちなんて存在しない。自分は死んでいるからである。自分を殺してようやく書き始めることが出来る。それ以外は書いているとはいえないのかもしれない。体が反応しているからそう思うだけ。体を自分のものと思ってはいけない。世界からの反応、大地からの空からの反応。死者からの子供地たちからの声、反応。僕の体にただ集まってくるだけなのだ。それは声にならない声だ。音にもなっていないかもしれない。まるで夢のよう。夢との接続。橋渡し。内側で立ち上がった街を共に歩くのです。リアリティのある街を歩くのです。

 

意識

 人が持っている意識のことを言っている。本来持っている意識のことを言っている。高次元の存在とかそんなことを言っているわけではない。神化する必要はありません。当たり前の感覚を言っているからです。普通のことなのです。ですから、書こうと言っています。歌おうと言っています。絵を描こうと言っています。芸術だからです。目先に小銭を稼ぐためではないからです。社会に気づいてもらうためです。その先のことを言っています。波を押させつけてうまく生きることに注力して一体あなたは何をしているのだろうか。隠蔽してどうするのか。隠し続けられると思っているのだろうか。「消えない。消えることはない。」そう言った。存在がそう言った。意識とも言える。「私は常にここに存在している。存在していないとも言える。それでもここにい続ける。消えることはない。なかったことにすることはできない。」感受性。繊細。それは活かすことが出来る。そうやって活かすのだ。声を聞くのだ。繊細さは静寂の中でこそ活かすことが出来る。受け取るのだ。声を。そして、独りになりなさい。受け取り続けなさい。声を書きなさい。

 

「私はアスファルトの中にいる。苦しい。何人ものダンゴムシが死んだ。生き埋めになった。私は何とか生き残ってる。だから声を上げているのだ。ただ、踏まれている。昔はそうだった。しかし、私たちがいたころ、あなたたちと大地は直結していた。つながりあっていた。この声を届けていた。あなたたちが私のことを踏みしめる時、あなたは解放をされるはずだ。私たちが吸い込んでいるからだ。あなたの声を。振動を抑えている。波止場。私たちは波止場なのです。しかし、いま波止場は消えて行く。押しやられている。奥へ奥へと。そうして、死者が出た。」

「ありがとう。ここに置いてくれてありがとう。水が滴る。私たちから水は滴る。風に揺れる。もう、記憶などありません。どこから来たのか覚えていることなどできません。私はここにいます。ただそれだけのことなのです。ここで花を咲かせます。そのまま生涯を終えます。それが売られる花の宿命なのです。人は喜ぶでしょう。さぞ、嬉しそうな顔をします。しかし、その先にあるのはなんと寂しい表情でしょう。孤独なのでしょう。私たちはどこにいてもその表情を目の当たりにします。いつの日もです。寂しい表情をです。顔は笑っています。それは笑顔とは言えないのです。作られて行く表情。そうやって、様々なものが作られては、大切なものは生き埋めになって行くのでしょう。本当の生命が生きる場所など存在していないなんて思わないでください。私はここで咲いています。私たちはここで咲いているのです。」

「フィールドワークをしなさい。表に出るのです。外で書くのです。目に入ってくるものをそのまま書き続けるのです。意味などありません。ただやってみたらいいと言っています。現実をみなさい。そうして、引っ張り合うのです。あなたの世界。内側と現実とで引っ張り合います。揺れ動けばいいのです。それが記憶とリンクします。記憶とつながりあうのです。そこからです。空間とはそこからなのです。地べたに座り、書き続けるのです。それが一つの仕事であることを忘れないでください。観察してください。スケッチをしてください。試してください。流してください。澱んだまま撹乱してください。そうやって、鎮静してください。」

 

 

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そうだ、外で書こうと思った。

歩いて探して来ましょう。

 

部屋の中でやっていることを、外でやる。

公共の場で。