溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

幸福も絶望も体を通りぬけていくこと。

ブームムーブ

 揺れる洗濯機。家の中まで振動が伝わってくる。家が揺れている。力強い。地震なのかと勘違いするほどである。彼はいつの日も力強く、全力で回す。ドラム式。けーこからの授かりもの。ドラム式は力強いと知った。いつも上から蓋をあけるタイプだったから。ドラム式は正面開き扉。縦横無尽に洗濯物をかき回す。「ブフォーン!」と言いながらドンドン回す。回る回るよ時代は回る。洗濯機の中で起こっているのが時代なのである。ブームはただ回っているだけだ。自然の流れじゃない。誰かが作っているのだ。人に左右されているのだ。ブームに乗ってもいいのだ。しかし、自分が何を好きかを忘れてはいけない。踊らされちゃいけないのだ。音楽を聴いて踊るんじゃない。音楽を聴いたことで自分から湧き出てくる踊りを踊るのだ。ブームに踊らされてどうするのだ。流行り物に踊らされてどうするのだ。そんなの踊り手じゃない。踊るに失礼。言葉に失礼。大変申し訳ございませんでした。寄ってたかって何しているの。ムーブせよ。ムーブムーブ。反転させるのだ。ムーブメント。ブームを反転する。ブームをリムーブ。ブームをリムーブするブーム。結局ブームに乗っかってるのな。

 

情報処理

 絶望から這い上がると、世界が彩り豊かで多彩に動き回る。目からたくさんの情報が飛び込んでくる。「こんな色の花珍しい。面白い形の花だなー」と。最近、お花ブームである。見ていて楽しい。匂いを嗅いでみたりもする。夜が美しい。暗闇と静寂がある。夜は色彩豊か。夜が濃い。夜があると感じられる。人が一斉に情報として入り込んでくる。調子がいいと、どれだけ情報が入ってきても的確に処理できる。「顔、顔、服、足、胸、胸、服、顔、髪、髪、髪、顔、顔、顔、顔、顔顔、年、年、顔、年、食、足、顔、顔」大抵人の顔ばっかり見てる。すばやい。スピード感がある。快適。そう、スピード感。新幹線の早いやつ。こだま?ひかり?とにかく頭が冴える。言葉が口から出てくる。踊る。鼻歌を歌う。本当に歌う。「最近調子いいわ」と言い出す。昨日までの絶望をまったく覚えていない。そんなことなかったように「最近調子いいわ」と言い始める。昨日のことは忘れて、喜ぶ。最近は数時間単位のことを言っている。決して昨日でも、一ヶ月前でもない。数時間単位のこと。音楽が鳴る。勝手に流れ始める。口から漏れる。振動が。

 

幸福

 幸福とは何かを説明したい。僕は幸福を伝えたいのだと思った。どんな人にも幸福は訪れるという信念のようなものがある。おせっかいでもある。幸福は日常で突然現れる。それは溶けていくような感覚だった。スタバでお茶していて、絵を描いていて、みーさんと話していた。絵を見せ合ったりしていた。一人でぼーっとしていた時、ふと気がついた。胸のあたりが溶けていった。溶けていく感覚があった。そのまま広がっていく。僕はこれは幸福だと思った。多分、流れ込んできた幸福を僕はただ感じた。僕の体に幸福は入り込んできたのだ。じわーっと、染み入った。やわらかく、ゆっくりと。ただじんわりと広がる。「ああ、生きててよかった」と体が言っている。染み渡ることが伝えていた。それは一瞬だった。しかし、余韻があった。幸福がいなくならないうちにみーさんに「今、幸福です。本当にいつもありがとう」と、目に涙を浮かべながら伝えた。みーさんは「こちらこそ」と言った。「一昨日くらい、私は幸せだなと思っていたけど、あなたはそうじゃなくて。ただ忘れてしまうんだろうなと思ったよ」と言ってくれた。そうだ忘れてしまうんだと思った。思考が乱暴になる。ランボーに。そのまま友人何人かにメールした。幸福だと伝えたくなったからだ。幸福は日常にただ染み込んでくるだけだと思った。突然に。じんわりと。優しく。穏やかに。ゆっくりと。しかし、それは過ぎ去っていく。ただ、僕の体にじわーっと入り込み、通過していく。流れていく。幸福はつかみとることが出来なかった。多分僕自身が幸福ではないのだと思った。ただ、染み入ってきただけなのだと思った。通り抜けていったのだ。少しすると幸福はすっかりなくなってしまった。もう昔の思い出みたいになった。幸福という実感はもう流れていった。次の人へと向かっていったのかもしれない。僕は幸福を伝染させたいと思った。伝えたいと思った。だから伝えた。幸福が僕の体に染み込んで、通り抜けていったと。そして、もういないと。でも確かに、実感したことは覚えている。きっと記憶では忘れる。皮膚は忘れない。内臓は忘れない。胸のあたりに感じた溶けていくような感覚を忘れない。しかし、僕自身は忘れる。これは僕が作ったものでもなんでもないのだ。努力して作ったものじゃない。ただ、日常に流れ込んできただけなのだ。僕はそのことをただ書くしかない。それが役割である。だから僕の体には様々なものが入り込んでくる。時にそれは苦しみである。本当にきつい。それも全て書くためなのかもしれない。描くためなのかもしれない。生み出すためなのかもしれない。これが僕の仕事なのだと思った。使命感である。これは僕が作るために起こる、絶望であり、幸福なんだと。そうやって勘違いして生きるのである。だから、僕は伝えるのである。確かに幸福があったことを。体の中に染み入ってきたことを。それは伝染すること。もうやってくるかどうかはわからないことを。それでもただ作り続けるのだ。

 

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この体はただ通過していくだけのものなんだと思った。

風が水が光が。

 

それをただ書いて、描いて、歌えばいい。

それが役目だ。

 

僕の体を通り抜けていった、実感をただ書くのだ。

幸福も絶望も。