溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

教育とか気とか。

教育

 美術も、図工も、技術も、家庭科も全部嫌いだもん。周りの友達はとても綺麗で上手だし。先生はなぜかよく怒ってるんだ。威圧的で高圧的で怖かったし、なにより先生が楽しそうじゃないんだもん。だからスポーツの方が楽しかった。開放的だったし、外が好きになったんだ。絵を描くことも、何かを作ることも一切やらなくなった。だって、楽しくなかったんだもん。世の中にある絵や作られたものはクオリティが高い、本物同然に描かれているものがアートって言われていると思ったんだもん。だから何が好きかとか、何が嫌いかとかよくわからなくなったんだもん。好きだったとしても、本物同然に出来ないとダメなんだと思ったんだもん。やがて、好きだった野球では絶対的に結果が必要になったんだ。プレッシャーに勝てなかったんだもん。押し潰されました。僕は自分を弱い人間だと責め立てた。心を強くしなくちゃいけないと思ったのだ。こんな風に波があり、すぐ弱気になり、怯えているようじゃいけないと。だから感じないようにしようと努めたのだ。体の中を巡る動きを無視し、何も感じずに生きたらいいと思ったのだ。それでも流れ込んできた。いつも体を通っていく。心の問題ではないのだと思いますよ。ただ通り抜けていくのです。幸福と絶望が。それだけのことなのです。波があるわけでもないのだと思います。ただ、体を通過していく。風が通り抜けていく。狂気的な風もあれば、柔らかな心地よい風が通り抜けていくこともある。風なのだ。浮き沈みではない。風である。どちらにせよ、エネルギーは変わらない。どちらも同じなのだ。だから、自然と切り替わる。そう、自然と。無理やり変換しようとしなくていい。だって、同じエネルギーなのだから。総量は変わらない。どちらにせよ、体から流れ出すための運動が必要。それだけなのだ。嫌いじゃなかったのだ。美術も図工も。技術も家庭科も。嫌いにさせる授業だったのだ。教育だったのだ。子供の自分を責めるな。教育を考えよう。あの時の素直な感受性を責めてはいけない。しかし、ひねくれてしまったこととは対話しよう。それだけだ。「いやいや、あんなに絵を描いていたじゃん。たくさんプラモデルとか作っていたじゃん。想像上のヒーローになっていたじゃん。かめはめ波出していたじゃん。舞空術とかやっていたじゃん。魔法だしてたじゃん。嫌いじゃなかったよね?どうしたんだよ?話しようぜ」って言おう。教育を考えよう。大人が自らを考えず、人のことばかりでどうするのだ。自らの生い立ちを否定しよう。教育を否定しよう。思考を止めてはいけない。あれは本当だったのか。事実だったのか。なぜ、人の可能性を狭めることが教育なのか。「右向け右、左向け左。全体前へ進め!イチニ!イチニ!」って軍隊と違いますのん。軍隊教育ちゃいますのん。「高校まで野球をやっていました」と言うと、「おー!忍耐力があるんだね」と言われました。「会社に忠実でどんなことでも我慢できる根性があるんだね」と受け取りました。ないですよ。僕には忠実さも我慢できる根性もありませんよ。もう使い果たしましたから。教育について考えよう。言葉について考えよう。文字について考えよう。取り巻いている世界について考えよう。なければ作ろう。そうしよう。

 

 太陽を暑いと感じているのか、気温を暑いと感じているのか。雨を湿気っていると感じるのか、湿気を湿気っていると感じているのか。気を感じているのでしょうか。気をね。気をつけよう。気を配ろう。配布しよう。気を。ティッシュ配りのように、気を配るのである。「あなたは本質をみている。そこから出てくる言葉が素晴らしい」と褒められます。ありがとう。「少しドキッとすることを言うよねと」言われます。思考します。思考します。思考します。気を配ります。気をつけます。根本はただ賞賛されたいだけです。褒められて伸びるタイプです。痒いところに手が届きます。ちょいちょいっと爪を立てて、孫の手のようにカキカキします。マッサージは表面の筋肉を揉むのではないのです。その奥を流すのです。気を流すのです。表面をアプローチしているようで、その奥にある流れを見ているのです。特にマッサージの仕事しているわけではありません。占いは感じ取るのです。憑依するのです。「jdこあjkじゃいhか、ぎゃー!!!!!見えました!」とか、そういう感じではありません。出てくるのです。静かに。静寂から言葉が育まれるのです。特に占いの仕事をしているわけではありません。あんまり理論では語れません。感じ取ればいいのです。理論でどうこうしなくていいのです。気温を暑いと言っているし、湿気ってると感じるのです。風は通り抜けていくのです。柔軟に。柔らかく。ムニムニ寒天粘土。一生触っていたいと思ったあの感動を忘れてはいけません。触感。肌触り。風の肌触り、空気の、気温の、湿気の肌触り。あなたは触れた。もう触れている。一度触れたら戻ることのできないもの。そういうものがある。それは感覚。感性。あることを知ってしまったらもう戻れない。おめでとうございます。そうやって生きましょう。知ってしまったのですから仕方ありません。気づいたのだから仕方ありません。気がついたのです。気が。

 

 

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今日の2,000文字。

増やそうかな。

 

増やしたかったら増やせばいいか。

他で書いてもいいしねん。