溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170624

友人

 友人は笑顔を見せた。「元気そうで何よりだ」そう言って手を差し出し私たちは握手をし、ハグをした。「ぼくはね、」少しうつむいていたので表情をうまく読み取ることは出来なかった。「やっぱりこの変化についていくことが出来ないんだ。ぼくはどう考えたって、この肉体を捉えることが出来ない。この声も、言動も、ひとつひとつの行動さえも、ぼくが動いているようには到底思えないんだ。なんて不自由なんだろうか。ぼくの身長は150センチそこそこのままさ。それとなんら変わっていない。それなのに実際はどうだろう。180センチもある。この体をどうやって扱えって言うんだ。ぼくにはさっぱりわからない。まるで、全く違う体になってしまったような気さえするんだ。走ることだって困難さ。体の動かし方がわからないんだからね。声だってどうだ。気づけば低くなっていく。その声をどう出したらいいか。ぼくにはさっぱりわからない。だから大抵の場合は喋ることをやめてしまった。諦めたと言った方がいいかもしれない。どうしてぼくは大人と見なされなくてはいけないのだろう。歳という数字で。外見で。一体そんなもので何を測れるっていうんだろうか。何か契約でも交わしたのだろうか。ぼくはそんなことをした覚えなんて一切ないさ。どこかを境に大人なんてそんなこと誰が言い切れるのだろう。ぼくはなんら変わってない。あの頃となんら変わらない。何も変わることが出来ていないのさ。それなのに求められる振る舞いときたら、いかにも紳士な顔をしていなくちゃならない。服装だってそうさ。振る舞いを求められる。そういうことが、どうして出来てしまうのかぼくにはわからないんだ。止まっているんだよ。あの頃からぼくの成長というのはすっかり止まっているんだ。それ以降されてきた教育は強要だった。あれは教育と言えないよ。ぼくはそう思う。だって、体が望んでいないのだからね。結果、ぼくは端へ端へと自身を追いやることになったのさ。恥を感じながら。自信なんて、自尊心なんてあったもんじゃないさ。そんなものはとうの昔に消え失せてしまった。希望や挑戦することばかりが良しとされることにぼくは疲れ果ててしまったのさ。だって、この体になんの希望を抱くことができる?こんなぼくの状態で何に挑戦することができる。それが強要なんだ。そして、その強要を受け入れることが出来なければぼくは溢れていくのさ。生活することも、息をすることさえ、誰かの助けを必要とする。それが今だ。もう、疲れてしまった。少し眠らせてくれ。今日はありがとう」友人は胸を抑えながら布団へ潜り込んだ。

 

太陽

 夜はあっという間に過ぎていきます。このまま朝が来なければいいのにと何度思ったことだろうか。私は朝に希望を持つことが出来ないでいる。太陽の力強さから逃げるように生きている。太陽は私には強すぎるのだ。力が強すぎる。どう受け止めていいかわからないのだ。そんなに力強く、明るくふるまわれたところで私自身どうやってその光の中に居場所を見つけることが出来るのでしょうか。出来ることなら暗闇の中で、ただひっそりと存在しているか、存在していないのかさえわからない程度に、生きることが出来たら。私にとって太陽はどうやったってなり得ない姿なのです。情熱も一瞬にして消えて生きます。思い立つことはあります。しかし、体を動かそうとしたその瞬間に、その情熱は消えて無くなるのです。私はまずこの体に絶望を抱いているのですから。その体を動かすことなど、どうして平気な顔をして出来るのでしょうか。声を上げることもです。私に耳に入ってくる声と、実際に私が発している声にどれだけの差異があることでしょう。とうてい埋め合わせることが出来ないほどになってしまいました。私は未だに受け止められずにいるのです。何事もなかったようにふるまいを強要されることも今となっては出来なくなってしまいました。止まっています。歳を重ねることが、体がつきが変化していくことが、声が変わっていくことが、大人になるということでしょうか。そうなった先では、何食わぬ顔をして、地位の前に跪くのでしょうか。年齢で、地位で、私はおとなしくその声に耳を傾け、跪いて「あなたのおっしゃることはもっともだ」と表情を笑った顔へと筋肉を苦労して動かし、いかにもあなた様がたのおっしゃることは正しいとふるまえばいいのでしょうか。とうていそんな強要に対して弱い私は耐えられるはずもありません。太陽はその強要にさえ思えるのです。絶対的な支配が毎朝私に襲いかかってくるのです。私は夜を望みます。しかし、夜はどうしてあんなにも流れていくのでしょうか。止まることなく、ものすごい速度で。夜は待っていてはくれないのです。そして、また太陽が私に顔を覗かせるのです。希望や挑戦をまるで強要するかのように、強い光を私に浴びせるのです。

 

調子

 胸苦しい感じが、3、4日ほど続いている。なにか入り込んできてるのだろうか。ただ、入り込んでいるものを出している。それだけなのだ。ただそうしているだけ。排泄行為を繰り返しているだけなのだ。憑依している。流れ込んでくるものを私はただ水を流すように、そのための水道管のように流し続けるのです。

 

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与えられた課題から逸れてしまっても

それが自分の内側へ入り込んでいるのなら

課題に戻る正しさよりも

内側へと流れ続けたいと

思いました。