溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170703

夏さん

 うだるような暑さとまではまだいかないのかもしれないが、暑いなと思う季節。夏さんは片足突っ込んでいて、梅雨も片足出している。寝苦しいとまではいかないが、調子にのるとお腹を冷やす季節。お腹を下す季節。汗をかいたり、アイスを食べ過ぎたり、がぶがぶ冷たいの飲んだり、アイスを食べ過ぎたり。アイスがやっぱり欠かせない。そんな季節。

 洗濯物が踊ってる。宙に舞う。ふわふわと風を感じながら。時に吹く強い風にも泳がされることなく、踊っている。夏の風。一歩踏み入れている、夏さんの風。首にはタオルで保冷剤を巻いて。近寄っている夏さんをただじっと見つめているのである。もう、そこには来ているから。「夏さん、もう少し。もう少しだけ待ってください」少しの願いも込めて。保冷剤の冷たさを感じている。

 

老夫婦

 走っていると気づけば極楽寺あたりまで来ていた。夜7時過ぎに家を出発し、30分くらいだっただろうか。わっしょいわっしょい。遠くから男逹の声。わっしょいわっしょい。お神輿が揺れている。「もうすぐ坂下りていますね」と老夫婦がお話ししていた。「坂の下へ行きましょう」歩いて向かっていく。僕は足を止めて、お神輿を眺めた。わっしょいされているお神輿。夜の坂道を踊りながら下ってくる。それを眺める老夫婦。老夫婦越しに見るお神輿。どっちもいいじゃんなって思う。僕は海に向かって走り出した。

 

街と波の声

 稲村ガ崎に着いて、そこから鎌倉方面へ折り返す。行きは極楽寺切通しを通って来たので、帰りは海に沿って。もうすっかりあたりは暗くなっていて、海を眺めると薄暗い中に人がいることに驚いてしまう。以外と人が多いのだ。大人数の時もあれば、2人組の時もある。大抵抱き合っていたり、キスをしている。微笑ましい。つい見てしまう。どの程度までいくのか気になるのだ。走り去ったのに、後ろを振り向いて見てしまいます。気になって気になって仕方ないのだ。それでも走り去る。一人で座っている人もいる。浜辺に腰掛けて。近くに自転車を置いて。ただ、ぼーっと海を眺めている人がいる。波は押したり引いたりしているし、そういうのを眺めている。音を聞いているのかもしれない。ザザザーっていう。時折、何もなくなる瞬間がある。ザザー…。

 「…。」の瞬間に僕はドキッとする。波がなくなってしまったことにドキッとするのだ。一人に取り残されてしまったような気がして、途方もない気持ちになる。それでもまた、波は動き出すし、踊り始める。それでまた、安心している自分がいる。誰かを見ていることが安心なのかもしれない。話し声を聞いていることが安心なのかもしれない。それでも、話し声が聞こえると怯える自分がいる。何か、自分の居場所を侵害されているような気さえしてくる。それは街の声だし日常的な声なのかもしれないが、どうしても僕は怯えてしまうのである。家の中にいるのにも関わらず、どこか隠れる場所を探そうとしてしまうのだ。それでも、街の声はどこかへ行ってしまうし、また平穏な暮らしは戻ってくるのだ。僕は街の声に怯えているし、波の静寂に怯えている。どちらにもそういう感情を持っているのだ。まったく違うその瞬間に、どうして同じように体はびくりとするのだろうか。どこからやってきて、どこへいなくなるのか。

 

本番

 また一人になった。家の中で一人になる。そうすると、家中を徘徊し始める。実際に歩き回る時もあるし、そうでない時もある。そうでない時も徘徊している。貧乏ゆすりをする。体を揺らし始める。貧乏ゆすりって大切。体の運動だから。創造のための揺らぎだから。貧乏ゆすりってなんか嫌なので、創造揺らぎにしようかな。創造揺らぎなら、なんかいい感じじゃんね。揺らいでいるのです。いつの日も今が本番であるのだと歩いていて思った。いつでも良いパフォーマンスが出来るようにしておくこと。だから思考するし、体も動かすのである。突然だからだ。いつの日も突然だからだ。それが本番なのだ。

 

帰り道

 パウルクレーの色彩が好きだ。やっぱり、好きだと思うものはあるのだ。なんでも受け入れることは出来るが、好きか嫌いかはあるのだと思いました。あんまりやりたくないことや我慢してやらなくちゃいけないことはやらないほうがいい。精神衛生上良くない。好きなことをやったほうがいい。好きなことやってるからいつも楽しいってものでもない。それでもやり続けてしまうことで、やめてしまわないことなのだと思った。帰り道で考えたらいい。帰り道が好きだ。行く時より、帰りの方が好きだ。僕はいつも帰りたい。あの薄暗い感じとか、人間の活動がなくなって行くような、それぞれの家に帰って行くような、ああいう帰り道の温もりみたいなものが好きだ。何かから解放され、帰って行くようなあの安心感のようなものが好きだ。戻ってこれたと思えるようなその瞬間が好きだ。帰る場所が僕には必要だ。家も空間も。そこで過ごしたい。時間になりたい。空間自体になりたい。そのものになりたい。そこへ帰りたいのだ。

 

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夏が来ている。

夏がもうそこまで来ているのだ。