溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170705

研究

 家の掃除をする。僕は極限状態になった瞬間に掃除をする。習慣のように掃除が出来ない。綺麗好きそうと言われるが、案外そうでもない。荒れていても案外暮らせる。その中で隙間を見つけて、そこを自分の空間にすることが出来るからだ。僕はあまりスペースを必要としていない。文が書ければいいし、絵が描ければいい。必要なスペースと広がりはまた別だと思った。自分に必要なスペースは自ら作り出すことが出来る。それが家の中の居場所になる。自分の空間というものが生まれる。広がりは風が通り抜けることが出来るかどうかだ。それが家の広さだ。何平米とかの広さではない。同じ六畳でも広いと感じる六畳もあれば、そうでなく窮屈で仕方ない六畳も存在する。同じ六畳なのにだ。そのことを僕たちは知覚している。六畳たちはひとりひとり違う表情を持っている。その感じ方こそがひとりであることだと思う。それが集まれば知恵になるのかもしれないし、より空間に広がりを持たせるのかもしれない。

 僕の妻であるみーさんはこの能力に長けている。知覚する能力。嗅覚が優れている。気持ちの良い空間であるかどうかを瞬時に嗅ぎ分ける。その訓練を日々怠らない。散歩していて、気になったお店にふらっと入った瞬間に膨大な情報をキャッチし、心地よいか否かを瞬時に判断することが出来る。鼻が効くのだ。こっちに何かありそうだとか、ここが良さそうだとかそういう嗅覚を持っている。みーさんは僕とは明らかに違う生きる強さのようなものを持っている。生き抜く力がある。かといって、普通に家事をしている。静かに何かを作っていることもある。僕の一番の研究対象がみーさんなのだ。僕は、すぐに落ち込んでしまうし不幸だと貧しいと感じてしまう。自尊心など保てるはずもなく、消えたいと漏らす。そんな弱い僕に対しても「あんたはそのままでいいの」という。「鬱で仕事ができない、もう無理だ」とうなだれていても「あなたほど素直に生きれる人、素直な言葉を生み出せる人はいないんだから、それでいいの。」と言う。その強さと広さがどうやって生まれているのか。僕はそのことを研究している。身近にいる人を最も研究せねばならない。僕は人が好きなのだ。奥行きのある人。そのことを研究している生きる知恵や力。経済とかそういうのよりももっと根本的な知恵。生命力の研究。生き延びるための力。

 

日記

 思いつきで毎日書いているこの日記。日記小説と読んでいる。書くことは何も決めていないし、書いているうちに出てくることをただひたすら書いている。偶然の連続。しかし、一見関係ないように見える物でも、何か道筋のようなものがあるのだと思った。毎日の思いつきをただひたすら自分の内側を潜るように、冒険するように、書く。特に意味はない。意味を求めてもいない。ただ書き刻む。

 

 逗子方面へランニング。雲が出ていたが、風は涼しく心地よかった。みーさんと。お互いのペースがあるが、どことなく息を合わせて走る。少し足場の悪い砂浜を。途中、ポツポツと雨が降り始める。雨に打たれながら、呼吸を感じて。どちらかが行きすぎててしまうわけでもなく、どちらかが苦しくてついていけないでもなく。波のスピード。波の速度に乗って走る。波がそうさせていたし、波がペースを作った。帰り道本降りになってきたが、雨に打たれることが心地ち良いと感じた。皮膚に直接落ちてくる雨粒が、体を刺激する。ポツポツと体に当たる雨が、くすぐったくも、懐かしい気持ちになった。雨に濡れなくなったのはいつからだろう。雨に触れようと思えなくなってしまったのはいつからだろう。いつだって自分がそうしているのだ。自分がそう決めて。近寄って行くし、離れて行く。雨や風はいつもそこにいるし、いつだってやってくる。しかし距離を置くのは自分自身だ。生まれたのは雨や風の方がよっぽど早かったのかもしれない。人類が生まれる前より、ずっとずっと前から雨風は生きてきたし、存在していた。それは、僕自身の姿でもある。雨風は私たち自身でもある。同じ生命なのだ。遠ざけるものではない。凌ぐことは必要であるが、遠ざけてはいけない。ないものとして扱ってはいけない。星はいつも見ているし、大地は聞いている。そのことを忘れてはいけない。だから、ただ待ち続けるのだ。その動きを見聞きする。肌で感じ続けるのだ。何年も。何万、何億年も。その時間を待つのだ。ただただ生命の声に耳を傾けるのだ。

 

生命

 首にタオルと保冷剤。暑い暑いとうなだれてしまうが、スーッと体が冷えて行くのを感じる。焼いているクッキーの匂い。ゴミ収集車が通り過ぎて行く音楽。その音楽の余韻。鳴り続ける。首のコリ。脚全体の筋肉痛。敷き布団の柔らかさ。そのさきにある畳の硬さ。脚のかゆみ。視界に入る小さな埃。掃除しても埃は存在する。なくすことはできない。なくすことは出来ないのだ。ばらまいたものを全て回収など出来ないのだ。流れ出てしまったものは誰の責任なのだろうか。海に、大地にすべてを責任転嫁する。悪ぶれるそぶりもない。それでも、海や大地はそのことを受け入れるし、何も言うことはない。ただ、表出することはある。それは、私たちが生み出したものであるし、原因は私たちにある。その結果をただ示しただけなのだ。気付かなくてはいけない。生命が生命を消して行くのだ。しかし、生命はまた繰り返す。偶然が繰り返される。忘れるな。そのことを忘れるな。

 

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朝ごはんは焼きたてクッキーとモッツアレラ・バカ。

買ったばかりのコーヒーカップにミルクティー。

もらったコップにノンアルコール赤ワイン。

それ、ウェルチ。

 

今日も暑いの。