溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170709

書く

 書くこととは何か。言葉では伝わらないものを言葉で伝えようとすることなのかもしれません。書くということが、とても無意味であると思いながら、それでも書いているのです。どんなに書いたところで答えなどはないようで、それでも何かがここにあるようなそんな淡い期待を抱きながら、自分の内側を覗き込むような、聞こえるか聞こえないか分からないような音に耳を傾けているような。そんな時間が私にとっては重要な時間であり、それがあるからこそ、多少の生きた心地というか、集中した濃密な時間がそこにあり、そうしなくては生きているという恐怖に飲み込まれそうで、それが嫌で嫌で仕方なく、負けたくないと思いつつ書いているのだと思うのです。とはいえ、戦う対象などないことは重々分かっていて、いつの日も内側にある微細な動きを嗅ぎ取り、そのことを表出させているにすぎず、それが誰かの為になるのか、独りよがりなのではないかと思われて仕方ないのです。それでも、それでも少しの人たちがあなたは書くことが仕事だと言ってくれるので、お金にもならないこの文章をただ書くことしかできない自分を恥ながら、それでも書こうとそう思うのである。それでも書いてしまうのだから。辞めることは出来ないのでしょう。そのつもりもありませんし、私は死ぬまで続けられることが欲しかったのだと思います。一体、これが誰のためになるのかもわかりませんが、それでも自分のためにはなっているとそう思えるような気がするので、しかしそれは確信ではありません。ただ、使命感というよりは、大地の、風の、水の、森の、動物の声をもっと聞きたいとそう思っていることはお伝えが出来そうなのです。誰かの声を、見聞きしたことをただ書き記していきたいとそう思うのです。だから、私は私というものをとことん殺し続けるのだと思います。自分なんてものは幻想である。自分を確かめようとするから、私は何か大切なものから遠のいていくような気がしたのです。私は何かのきっかけにすぎない。ただ、流れ込んでくる言葉を書きたい。ただただ、書いていたいのです。

 

一人

 いま、一人になれたことが嬉しいのです。私は確かに私を感じています。何か涙腺が緩むような体験をしています。ただ、書いているだけなのにです。私は自分のことを殺し続けますが、また生命は誕生します。それをただ繰り返しているのです。何度も殺し、何度も誕生するのです。その瞬間にまた、まったく新しい状態が始まります。それは0であるのかもしれません。そしてまた私は私を殺すのでしょう。そのことがいまはっきりと、自覚症状として現れていることで私は涙を浮かべています。嬉しくも悲しくもない涙が、目に溜まっていくのです。それが、私が生きていることを思い出させるし、きっとまたこのことを思い出せると、そう思いながらきっとまた忘れていきます。それでも、音楽はイヤホンを通して私の耳元で流れているし、コーヒーの香りが私を包み込みます。これもまたいつかなくなってしまうのです。この事実を私は知っているようなのです。この香りすらも私の元からいなくなってしまうのです。それでも、それでも私はまたこの香りを思い出すし、また音楽も流れ始めるのだと思いました。私はそういう流れなの中にあるのだと思いました。まったく何もなくなってしまう。けれど、私は確かにここにあり、また音を聞き、コーヒーの香りを嗅ぐのだと思うのです。それが、まったくなかったことのように、そんなものはこの地球上に存在していなかったように思ってしまうのです。一人になるとそのことを思い出します。孤独であることは怖いことではありませんでした。孤独であることこそが、生命なのです。そこに立ち返らなくてはいけない。思い出さなくてはいけない。

 

勉学

 勉学に励みなさい。私という存在を明確にしていくには勉学に励むことです。一人で学びなさい。一人から学びなさい。一人で多くの人に触れなさい。人から学ぶのです。一人でです。研究しなさい。自分自身をです。自らの反応に耳を傾けなさい。嗅ぎ分けないさい。散歩しながら嗅ぎ分けるのです。眠りながらも勉学しなさい。夢を夢として捉えず、運動として捉えなさい。そこで出来事を作り続けなさい。それも一つの勉学であり、訓練でもあります。思考を続けなさい。やめないことであり、続けることです。そのことを問い続けなさい。誰に乱されることもないのです。誰もあなたことを乱すことはありません。あなたがそう望むならです。乱されに出かけていくことを忘れないでください。あなたが、乱しているのです。そのことを忘れてはいけません。誰もあなたのことを乱さないし、あなたも乱そうとは思っていません。勉学しなさい。あなたが集中することです。15秒で絵を描きなさい。その瞬間だけを見聞きしなさい。誰も邪魔はしていません。そのことに気がつくことです。そのことを書き続けなさい。咀嚼しあなたの言葉を書きなさい。

 

f:id:mizokoji:20170709153015j:plain

一人になったと自覚できた時、涙が溢れてきた。

これは孤独であり、そうではない。

 

自分の空間を、時間を。

壊されても、作り続けなくてはいけない。

 

それが書くことだ。