溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170714

一連の流れ

 リコーダーの音色で目が覚める。エーデルワイス、寅さん、トトロ、カノン、ハトと少年、グッドナイト・ベイビー。時折、朝リコーダーの演奏会が始まる。僕は、寝っ転がりながら知っている曲があると口ずさんだりする。そうやって少し起きる準備が整い始めて、ようやく目が覚める。今週、1度早くに目が覚めた日があったが、そう言う日があるとそれ以降はなぜか疲れてくる。朝が苦手なので、そのせいだろうか。とは言え、出来れば早起きしたいと思ったりもする。リコーダーは管楽器。小学校の頃、当たり前のように授業に現れたリコーダー。実は、呼吸や指づかいの基本を学ぶことが出来るそうだ。リコーダー奏者もいるらしい。家は雨戸を使って陽を避けていて、薄暗く、僕にとってはちょうどいい明るさだ。洗濯物もぷらぷら浮いている。小刻みに揺れている。それもまた日陰になっていて良い。青色に不規則に刻みつけたような跡のあるコーヒーカップ。家にやってきた新しいカップだ。お茶やコーヒーを飲むときに大活躍してくれている。持ち心地もいい。やっぱり、持ってみないと触ってみないと分からないってことがある。いくら見た目が良くても、実際に触れてみたらちょっと扱いづらいってことがある。そういうのはやっぱり実際に触れないとわからない。自分の肌で、皮膚で。皮膚で聞くのである。皮膚と合うかどうか、交わってみるのである。太極拳のような、いままでに見たことのない不思議な動きが行われている。腰が痛いらしい。腕を体の前にぷらーんと垂らし、ワカメのように揺れてみたり、両腕を広げ火の鳥のように羽ばたく。それがかなり気持ちが良いらしい。試してみる。確かに、肩のあたりから首にかけてが伸びて気持ちが良い。そう思っていたら刺繍が始まる。もう、椅子に座って静かに針を使っている。動きは一瞬見逃すわけにはいかない。これが目が覚めてから起こった一連の流れ。

 

もしかしたら

 「もうすぐ来るかな」と、僕は家の外の音に耳を傾ける。それは大切な人からの手紙を待っているようなそんな気持ちだし、それがいつ届くかもわからず、もしかしたら届かないかもしれないと不安になりながら待ち続けいているのです。バイクや車が通るたびに、ついに来たかもと淡い期待を寄せている。その度に「ブーン」と言う音は通り過ぎていくし、家の前で止まったとしても関係のないチラシがポストに投函されていくことの繰り返しだった。待てば待つほど不安になる。でも確かに届くはずではある。楽しみであればあるほど、届くまでの時間が永遠にも感じられるのだ。そして疑心暗鬼にもなる。もしかしたら、騙されてのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。もしかしたらが頭でいっぱいになる。もしかしたら星人。もしかしたら成人。20歳おめでとう。もしかしたら星人は、もしかしたらが口癖だ。もしかしたら、もしかしたら。妄想が頭を駆け巡る。不安でいっぱいだ。といいつつも、期待でいっぱいでもある。もしかしたら好きな人から告白されるんじゃないか。もしかしたらバレンタインデーにチョコもらえるんじゃないか。もしかしたらサンタさんすげープレゼントくれるんじゃないか。もしかしたら、ここに宝物隠してあるんじゃないか。もしかしたら。世の中もしかしたらで大抵のことが進んでいくのかもしれない。もしかしたらに期待していたいのです。もしかしたら、もしかしたら。現実は甘くないよと言う。行動しなさいよという。もしかしたら甘くないし、もしかしたら行動したほうがいい。正解なんてない。もしかしたら。それで僕はもしかしたら届くはずの本を気長に待っているのだ。ゆうぱっくで届くはずの本。もしかしたら届くし、もしかしたら届かないのかもしれない。もしかしたらは曖昧だ。もしかしたらの海で僕は泳いでいるのだ。もしかしたら、もしかしたら。

 

特性

 人に会うのは本当にエネルギーを使うのだと思うのです。影響するし、影響される。僕は影響を受けやすいので、人に会うと結構ぐったりする。それが楽しい時間だろうが、つまらぬ時間だろうがだ。僕は影響を受けないようにするにはどうしたら良いかをずっと考えて来たのだ。ブレな軸を持つとかそういうことなのだと思っている。しかし、どんなにやっても僕はブレるのだ。ブレッブレだ。左右に、縦横無尽に僕はブレる。ブレッブレだ。そういうのを治そうなんて思ってはいけない。ブレていればいい。撹乱しておけば良いのだ。混沌としていなさい。世の中は混沌としている。統率なんて出来ませんし、秩序なんてあってないようなものなんですから。秩序を乱すなと躍起になるのは、それこそ痴女でありまして、秩序なんてものは作り出すものではなく、もう秩序であり、それをどうこうしたり、守るために躍起になるのはそれじゃあ、痴女じゃねえかってなってしまいかねません。なので話を戻しますと、ブレない軸もいいですが、ブレられられる軸を持っていることもまた悪いことではなく、その都度、自分の良いと思う感覚にチューニングを合わせれば良いのです。毎回同じ位置というのはありえませんから。気功や気温。時間帯。様々な要素が入り組んで、丁度良い場所があるわけで、毎日、毎時間、毎分、毎秒がまったく同じってこともありませんからね。だから、合わせるのは今の調子なのです。過去の調子ではありませんしね。今にチューニングします。今、もっとも良い音色が奏でられる位置はどこか。そこにチューニングします。毎回違う。それはブレッブレである特性があるが故です。活かしましょう。どんな状況でも体調でも関係ないということですからね。適応力抜群です。そこを訓練しましょう。毎日同じことするのではなく、今日のチューニング。涙腺が緩むか。その適応力。

 

f:id:mizokoji:20170714111319j:plain

鉛筆。

線。

光と影。

 

シンプルだけど奥深くに。