溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170715

「明日が地球最後の日だとしたら何したい?」

 「明日死ぬとしたら何がしたい?」と言われるよりも「明日が地球最後の日だとしたら何したい?」と言われた方がしっくりきた。明日死ぬとしたらと言われても、時折真剣に死にそうになるから、特別感がないのだ。今は調子がいい。先ほど通院で、主治医の先生にも調子が良いと伝えると「良いね。波があるから、波に逆らわないようにね。調子が悪い時は悪いんだから、無理に上げようとするとダメだよ」とごもっともなことを言われた。

 僕が「最近、調子がいいんです」というと「おお、いいじゃんいいじゃん。その調子」と言ってくれる。僕はそれだけで調子に乗る。嬉しそうにしてくれた相手を見て、そういう振る舞いができた自分を喜んでいるのだ。誰かが変化したことを喜ぶというよりは、その結果を生み出した自分の行為を褒め称えたいのだ。どこまでいっても自分大好き。これは最近強く思うことだ。そうそう、それで僕は「明日地球最後の日だとしたらどうする?」と言われた方が、考えが巡る。多分、そう言われる方が全体ごとだからだろう。地球がなくなるとなると条件はみんな一緒だからなのかもしれない。それに、自分が死んだところで地球が残っているなら、多分まだ自分は死んでいないのだろうと思ったりもする。僕は今の所、死んだら「骨は摩周湖に蒔いてちょ」とお願いしている。地球がある限り僕は死ぬということはないのかもしれないと思っている。死んでは蘇る。その感覚が今こうして息をしていても確かにあるからだ。自分は日々死んでくし、日々感覚器官を通して蘇っていく。もしかしたら、宇宙そのものがなくならない限りは僕は死なないのかもしれない。僕は生き続ける。ある意味、不死鳥。それでも死んでいることは間違いないのだが、きっと人からは見えないくらい粉々でまた再生する。今も粉々なのだ。体があるからといってそこに呑気に腰掛けて、煙草をプカプカふかしているようではいけない。自分自身が煙にならなくては。「明日地球最後の日だったらどうしする?」僕は「マッサージ受けにいくわ」と言ったら、みーさんが横になってといってマッサージしてくれた。おかげで、地球最後の日の前日に地球最後の日にしたかったことが一瞬にして叶ってしまったので、今日もいつも通りこうやって書いて、パウルクレーの本を読んで模写して、絵を描いて、ギターでも弾いて、今日は炊き込みご飯でも作りながらみーさんの帰りを待ち、一緒にご飯を食べて、一緒に眠るのだと思う。それが僕の地球最後の日。

 

素描

 素描をしている。鉛筆でペンでなにか単純な線の中に内面を発見したいと思っている。そこで体の運動を促しながら、線から何かを聞いている。何か紙の上に現れる、線の動きに内面を見出そうとしている。見えないものを見えないままに見ようと試みる。内面の動きである。ただの内面の動き。外にあるものからも内面へ。内面へと導く。深さと広さ。どこまで行けるのか。そう思いながらも、まったくもって深さや広がりを感じることの出来ない線。浅く狭いと思いながら果てしない程遠くへいけそうな線もまた存在する。とにかく重ねていくことなのかもしれない。線を積み重ねる。描くことの運動が体の運動となり、それが蓄積され、体の内面へとアプローチする。鍛錬なのだ。日々の継続。そこに刻まれる、空間を時間を見たい。実験である。自分の持っている体を使った人体実験。始まりはA4のコピー用紙の裏紙であったし、そこからでよいのだと思っている。ただの紙とただのボールペン。それでもその2つには凄まじい威力があり、どこまでもどこまでも、意識を広げていくことができる。たった、それだけでだ。それだけでよかったのだ。それだけで、僕は広がり続けることができるのだ。紙とペン。それだけで十分だ。

 

家出

 旅立ちとは何かと問われた時に「家出」という言葉が出て来た。僕は幼稚園か小学生低学年くらいの頃、母に「家を出る準備が出来ましたので、家出させていただきます!」と、警察官ばりの敬礼をエレベータの中でして「何を言っているの?」とそのまま怒られた記憶がある。怒られたことであえなく落ち込んで、家出を断念したのだが、あの時なぜ家出をしたいと言い出したのか、今となってはなんとなくわかる気がする。何か、当たり前になっている家族という空間から抜け出したいと思ったのかもしれない。僕は、当時から一人になりたかったのかもしれない。それは実際の家出ではなく、空間においての家出だ。家出は家の中でも出来ると今となっては思うが、当時はひっくるめての家出という言葉だった。家出が意味するのは独立した空間を生み出すことを意味していたように思う。自分の空間。自分が自由になれる空間、そして時間。そう言うものを自ら生み出したい欲求の現れが家出という言葉だった。旅立ちは家出だ。それでもまたいつか帰ってくる。「おいちゃん、おばちゃん、迷惑かけたな、寅だよ。甥の寅次郎だよ」と、寅さんがとらやへ帰ってくるそんな状況なのかもしれない。実際に旅に出るわけでもない。自分の内側への家出だ。それが当時僕が母に向かって伝えた家出だったのだ。僕は6歳か、7歳かくらいの時にそのことをもう伝えていたことになる。立派である。よくやっているぞ自分。

 

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冷房が寒い。

やっぱり気まぐれに吹く風って良いなと思いました。