溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170723-2

 私はただそこにあった、誰かが置いていた自転車にあった、買い物袋を持ち去った。持って走り去った。ただ、手をかけてしまったのだ。それは出来心だったのかもしれません。ただ、どうしてもそこに手をかけて逃げ出したくなった。全力で逃げ出した。特に理由はなかった。衝動だったのです。ただ持ち去りたかった。何か全力で走り去りたかったのだ。私は駆け出した。人目も触れずただ、夜道を駆け出したのだ。海に向かって走った。海は許してくれると思ったのだ。私は淡い期待を抱いた。海だったら、海だったら私の行いをきっと許してくれるであろうとそう思ったのだ。なぜ海に許しを乞おうとしているのだろうか。そうだ、私は許されたいのだ。私はだから走り出したのだ。だから持ち出したのだ。出来心だった。そう言って悪いことを犯す人間を私は見てきた。実際には見ていない。そう描かれる人たちを見てきたのだ。私はどこかで共感していたし、どこかで自分もそれを行なった同罪者であると感じていた。私は我慢しているのかもしれないと思った。私にだって出来心一つあれば、同じような犯罪を、犯罪者と同じような行動をすることだってあり得るとそう思うのだ。どうして、責めることが出来ようか。私は弱い人間だ。だから逃げ出したのだ。走り出した。息を切らし、全力で。これは許される行為だろうか。許されたいと思っているわけではありません。私はただ、走り出したというだけなのです。袋を持って駆け出した。そこにあるものなど何だってよかったのです。そこにはオムツが入っていたし、それでも私は良かったのだ。決して使うことのない赤ちゃん用のオムツが入った袋を手に取り走り出していました。どうして責めることが出来ようか。罰することが出来ようか。その心がないと言い切れるのだろうか。犯罪はいけません。犯罪を犯してはいけないのです。そう思います。しかし、その心が私にないとどうして言い切れるのでしょう。私ばかりではなく、人の心にどうしてそう言った心がないと言い切れましょうか。どうしてそういった心をないことにしておくことが出来ましょうか。私は、だから走り出しました。走り出すことで、その心と和解しようと考えていました。きっとそうだったと思いました。走り出した時はそうだったと思いました。だから海に行きました。海を眺めて私は、ただ潮騒に耳を傾けていました。聞くことしかできなかったのです。他には何もすることが出来ませんでした。私はただ海を前に立ち尽くし、呼吸を乱し、ただその音に耳を傾けることしかできませんでした。行き場はありましょうか。これよりも先へ、海の向こうへ私はどうしたら行くことが出来るのでしょうか。海の中へ入る、その勇気が私には到底ないように思えます。私は海に入る勇気がないのです。海へ向かう勇気が。奥へと進んで行く、海の向こう側へと向かって行く勇気を持ち合わせていませんでした。それなのに、私はいまこうして海へとやってきて、夜光虫が輝く海をただ眺めています。青く光る海が私を照らしていました。照らされることが、どれほど苦痛でしょうか。私が照らされることにどれほど怯えているでしょうか。私は、だからこうして暗いはずの海に駆けてきたにもかかわらず、海は思っている以上に明るく、街の明かりが海を照らしていたのです。いつだったか、吸い込まれてしまいそうな海を恐れていた私にとって、今どうしても海は明るく、それは街の明かりに照らされていました。だから私は結局、暗闇へと潜り込むことは出来ず、街の明かりに怯え、手に持った紙袋を持ったまま逃げ惑うのです。

 

 ふと、猫が私の足元に姿を現しました。猫は私には見向きもせず、ただ塀の隙間を器用にすり抜けて、奥の草むらへと歩いて行きました。私は思わず塀の前に立ち、猫を呼び止めたのです。

「どこにいくの?」

 猫は足を止めて私の方へと歩み寄ってきました。猫はただ私を眺めていました。警戒している様子はなく、私のことをただ眺めていたし、かと言って私に肌を触れさせようとはしませんでした。猫は塀に顔を擦り付け、かゆみがあるのか、何遍も何遍も顔を擦り付けてはあくびをしていのです。私はただその姿を眺めていたし、手を差し出してもまったく多少の反応はするものの興味を示そうとはせず、猫はただ一人塀の向こう側にある草むらで座り込んでいました。だから私はその猫と同じ目線になっていたのです。私は猫と同じように座り込んだのです。草むらにいる猫をただ見つめていたのです。猫は背を向けていました。ただ、ぼうっと草むらなの中を観察しているようにも見えました。何かを探しているという様子はなく、ただ何となく草むらの中を眺めていると言ったような状況が続きました。私は帰らなくてはいけませんでした。しかし、猫は振り返ろうとはしませんでした。私は立ち上がり、猫を見た。私は立ち上がった時、確かに猫を見ていた。しかし、それは塀から覗き込んだ猫とは明らかに様子が違かったのです。私は塀の上から猫を覗き込んでいました。私は、ただの傍観者になりました。猫ではなくなりました。ただ大きな、図体のでかい大きな物体に成り下がりました。私はそのことに絶望しました。絶望したように思いました。明らかに私は大きく、猫とは様子が違っている自分の姿に絶望をしているように感じれたのです。これは私が海へ来た後のことだった思いますが、私は海にいたことを覚えています。同時にいました。塀の前と海の前にいました。どちらにも私はいたのです。私は走って海へ逃げ出して来たし、座り込んで塀の向こう側の草むらの中にしゃがみ込む猫になっていました。私は海にもいたし、その猫にもなっていました。だから私は走ったし、しゃがみこんでいました。猫はもういなくなってしまいました。私が立ち上がった瞬間に猫は猫ではなくなってしまったのです。私はあまりに大きすぎたのです。私は猫を飲み込んでしまうほどの大きさでした。猫はその大きさに見向きをすることも、警戒することもありませんでした。大きいと思っているのかも分かりません。猫はただその姿を見てなんの反応を示すこともなく草むらの奥へと行ってしまったし、私は袋を持って歩き出していたのです。

 

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わかんない。

わかんない。