溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170805

抜け感

 この2日間は本当に絶望的で、かなりきつかったが今日は起きた瞬間抜けている感覚あり。寝転がり、唸ったり、枕を叩いたり、家の中をウロウロしたり、それでも書いたりと、いろいろやってみていた。夜になると何とか抜けるというか、終わるような感覚があって、日中よりは気持ちが落ち着く。それでもふとした時に、ぐっと落ち込み始めることもある。その症状が特に2日間は大きく出ていて、きつかったのだ。昨夜の寝つきは悪かったのだが、朝起きた時に新たな思考が入り込んで来るというか、これから指針のようなものが何となく思い浮かぶ。僕はいつもこうなのかもしれない。大きく落ち込んだ後は、新しいこれまでと全く違った思考が舞い込む。いま最も行動的になれるやり方でもある。まったく新しくなる。僕はお金がないといつの日も思い込んでいるが、朝はまったくそうではなかった。SNSで繋がっている友人たちからお金を集めて、展示だって、面白いことができそうだし、そもそも大量の絵やこういって書いている文章が自分の貨幣だと思った。そう思えた瞬間に、かなり視界が開けてきたのだ。生きていること自体が貨幣だ。後はどうやって交易させていくかだけなのだと思った。そのために展示がしたいと思った。目的は外交だ。人と出会うこと。そもそも今はまだ売ることが目的じゃない。この展示や作品の発表というのも自分のルーチンに加える。流れとして組み込んでしまえば良いと思った。その訓練。それだったら、人と関わるのも怖くないかもしれないし、堂々としていられるかもしれないと思った。作品を出すことが怖いのではなく、人と関わることが怖いのだ。僕は簡易的に総称されることが、一括りにされることが嫌だったのだ。

 「人は答えを求めたくなるからね。でも、いいのよ。あなたのやっていることはまだ名前のないことなんだから。アートとか総称することで安心しているんだよ。そう言われても、ちょっと違うんですけどね、と笑い飛ばしてやりなさい。」

 と、みーさんに言われたことで僕はハッとしたというか、なんて分かっているんだこの人はと喜び、抜け道が突如現れたのだ。理解者は一人いれば十分なのかもしれない。それだけで道は開ける。そのおかげか、いまは調子が良いと久しぶりに感じることができている。しかし、僕の場合は1日の中でも大きく気分が変動することがあるので、あまり油断せず、かといって緊張もせず、ただ流れるままに行動あるのみである。

 7月前半は調子が良く、中旬くらいから下降。一度大きく落ちた。下旬頃に一度復活したが、ここ数日間また大きく落ちた。あまり読むことが出来ないが、気持ちが晴れていない、エネルギーの行き先がない、自分自身の居場所がないような感覚がその時にあることは確かだ。いまは行き先が見えてきている感覚があり、通り抜けている感覚があるのかもしれない。退屈なことをするのではなく、好奇心を。好奇心をくすぐることを取り入れる。

 

おもひでぽろぽろ

 おもひでぽろぽろを観た。タエ子が小学5年生の思い出を回想しながら列車に乗り、休暇を使い田舎での暮らしをする。その現在と回想とのやりとりが、自然で、どこか自分と重なる瞬間が多く、エンディングで涙が出た。映画を観て、純粋に涙が出るのは久しぶりだった。最近、感動できていないと思っていた、感動は自分で作るものだと良く言ってしまうが、誰かの作品から与えてもらうのも悪くないし、幸せな時間だ。こういうのって、本当にタイミングで自分の今の状態にハマるものでないと心が動かない。だからこそ、そのタイミングで出会える感動に、感動しているのだと思った。狙って作ることは出来ないのかもしれないが、それでも何度でもまたこの場面に出会いたいとそう思っている。日常の些細な瞬間かもしれないし、何か特別な場を作ることで生まれることもあるかもしれないが、その瞬間を逃したくないのだ。今のタイミング。このタイミングで交わらなければ、反応することがなかったその瞬間。たまたま。たまたまなのかもしれないけれど、それは何度でも訪れると僕は信じていて、その都度、生きていて良かったと、また生きようと思えるのだから、その瞬間があることをどんな状況でも体は細胞は知っていて、だから何とか死にそうになっても持ちこたえて、生きようとしているのかもしれないとすら思えた。駆けていくのだ。まだ小さかった自分たちと。一生懸命、駆けていく。ただ今の気持ちに正直に。あの頃の僕たちと、あの場所へと駆けていくのだ。

 

186

 今日から何か題名を決めてこことは別で何かを書き進めてみようと思っている。どんなものかはわからないけれど、そんなことが湧いてきた。と言っても、何か題名のキーワードが出て来るまではあまり自分をほじくるようなことはしないでおこうと思っている。あとは、織り。なかなか手をつけられずにいたが、ようやく織り進める気持ちになってきた。まずは縦糸作りから。途中までで進んでいなかったのでそこから手をつけようと思っています。ミシンもきたので仕立ても徐々にチャレンジしたい。やったことがないし、糸や機械を扱うのが苦手だが、自分の織った布で、服を作ることはやりたかったことだ。いつも後回しになってしまうが、そろそろ手をつけても良いのではないかと思っている。秋ごろに向けてポンチョでも作ろうかしら。布はあるのでやるのみ。こういうのも材料費がかかると思うと、僕の行動はどんどん後退していく。そして、動けないと思い込む。なので、まずは今自分が作り上げたものを見てもらうことが必要だと思っている。こんなことを毎日永遠に続けている人間だということを知ってもらうためだ。何か、公表するというのがキーワード。この前描いた絵から「186」という数字が浮かび上がってきた。非通知ではなく、通知番号。通知せよとのお告げ。溝井孝司を通知するのだ。毎日を公にすることだ。展示することが億劫だとか、人前に出ることが嫌だとかそういうのは自分の無理のない範囲でやればいい。嫌なことすればまた鬱になる。だからやりたいことをやりたいように、自由に、なによりも自分が気持ち良く、好奇心がくすぐられる方向に進むのみ。186。通知せよ。

 

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抜け感あり。

毎日の調子を見て、その瞬間に合わせて。

過去と同じやり方にこだわらない。

毎日変えます。

 

基本設定が「184」付きなので、たまには「186」に付け替えてみようか。