溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170814

会話

 ここ数日間は意識が外に外に向いている。絵の展示の話を進めたり、人と会ったり、実家に帰る予定、そこで友人と会う予定を立てたりと、急に外に出る方向へ動き始めている。行動的な状態が戻ってきたような感覚。そうなると、こうやって書き記すことはどうも浅いものである気がしてならない。意識が外に向いているので、内側からの言葉を書いているというよりは、どうも浮ついた文字が出てくるような気がして、少し否定的な気分になる。かと言って落ち込むわけでもなく、それでも動きたいというそういう人物が内面に存在していて、聞く耳は持つもののあまり、意見は聞かないというか、それでも動き回ること最優先と言ったようなそんな状態がここ数日間。

 もう、数ヶ月も鎌倉から出ていないのに、彼は何のためらいもなく東京に行く予定を立て始めた。なんで急にって思ったりもするんです。だから、後で疲れてしまうよとか、創作に集中できずイライラし始めるよとか、やることが増えてくることでこれまで出来ていたことが出来なくなり、イライラし始めるよとだけは伝えておきたかったんです。でも、本人は承知の上でやっているようでもあり、それでも動いてしまうのだから仕方ないと僕は思っています。否定するつもりはないし、ただこう思うよということだけは伝えるのが僕の役割なので、今こうして何度も伝えてみています。

 大丈夫ですよ。まったくもって心配いりません。9月10月はそういう時期になると思っているので、覚悟の上ですよ。8月のこれからはその準備期間。まったく問題ではありません。イライラしたって構いませんよ。そんなの隠そうとする方がおかしいですからね。平常運行なんてそんな精神ありませんよ。波に乗りましょう。どんどん乗ってしまばいいのですよ。

 それでも不安ですよ。自分にそんな力があるのかどうかもわかりませんし、実際のところ、僕はまだまだだと思っています。こんな状態で外に出るのは僕には耐えられないなとも思います。

 いいんですよ。今の状態で思い切って外に出てみるのです。そのままの状態をだしてしまえばいんです。恐れることはありません。どんどん出してしまいましょう。そうする中で、新しい気づきとか、新しい発見があるわけですから。

 うん。そうですね。だけど、僕は評価をされるために作ってきたわけではないし、わざわざ人に見られる必要性は本来ないように思っています。僕はとにかく内面を探求したいのです。自分自身の底にたどり着きたい。もっと奥があるんじゃないかと思っています。それだけがしたいと言ってもいいのかもしれません。

 そうだね。私たちの言っていることはどれもごもっともなのだと思う。外に出たいし、内に潜りたい。私たちのやっていることは全く別の行為であるかもしれない。しかし、どこかの段階でそれを交じり合せる瞬間が必要なのかもしれないよね。それが今回の試みだとも思える。ようやく社会との接点を生み出そうとする試みをしてみるわけだから、それはいいことだし、私たちはやったこともないから不安になることもわかるが、やってみてよいことだと思う。

 そうですね。ただ僕はこの会話自体がどうも浅はかな会話であるような気がしてならないのです。そのことだけは胸に留めていただきたいです。

 私たちは矛盾しているし、いつの日もそうだ。私たちがまるで一致したことなどこれまでもなかったのだ。私たちは矛盾を続けるのだと思います。淡々とやりましょう。矛盾を生んでいるのは他人への批判だ。そんなことをしている暇があったら、自分のことに集中しなさい。他人をああだこうだと言っている暇はない。矛盾を生んでいるのは他者への批判だ。

 

 カレーの残りにラーメンを入れて食べる。パンをつけて食べるのもうまい。昼寝をしてから頂いたチーズケーキとクッキー。コーヒーを飲んで一息つく。図書館に行く。その後、ケーキ屋さんでケーキの予約。一気に3人分のお祝い。店員さんは出来ること出来ないことをはっきり言ってくれる人。嫌ではない。やまかに買い出し。晩御飯はふわとろ卵の冷やし中華。また麺類になってしまったことを思い出した。サラダ付き。レタスにハム、コーンにトマト。オリーブオイルで塩をまぶして、みーさんに髪の毛を切ってもらった。いつも良い感じに仕上げてくれる専属の美容師である。二人とも汗だくになりながら。頭が軽くなり、スッキリした気持ちになる。実家に帰る予定を立てる。置いてある、絵、服などを取りに行く。鎌倉の家で使えそうなものがあれば取りに行く予定。それとサボの修理。かかとがすり減ってきたので、蔵前にあるお店に修理の依頼をしに行くこともやることのひとつ。あとは友人に会う。夜は22時過ぎには眠くなってきたので布団に横になったがなかなか寝付けなかった。早い時間に寝ることが慣れていないのかもしれないが、ちょっとずつ慣らしていこうと試み中。いつも寝る時間が25時ごろなので、せめて24時には眠り始めるように。

 

居候

 20歳ぐらいの頃に先輩の家に居候させてもらっていた。5.5畳のワンルーム。よく住めていたなと思うが、まったく嫌な気持ちはなかったし、むしろ楽しかった。「溝井に似たフグを買ってきた!」と言って、ミドリフグを飼い始めたこともあった。非常に可愛がられていたのだと思う。フグも僕も。その家での独特のルールは残ったスープはトイレに流すことだった。洗面所に流すと、具材が余って嫌だったらしい。それ以外に特に決まったことはなく、よく僕は洗濯をしていたような気がする。時折、出入りする女性が入れ替わったことはあったが、それでも元の女性に戻ったので僕は一安心したし、それでも最初はどんな顔していいかわからずにいた。先輩の彼女は僕のこともすぐに受け入れてくれて、たまに家に来るとそれこそ洗濯をしてくれたり、ご飯を作ってくれたりもした。たまに、先輩のパンツが間違って僕の方に紛れ込んでいたりもしたが、ちゃんと返したり、ないときはそのまま使ったりもした。とはいえ当時、何かモヤモヤしたものを抱えていたように思う。それは今とさほど変わらないように思えるが、それでも言葉になりつつあるような気がした。逃げ出さなくてよかったと思った。自分自身から。そのために徹底して社会とか、会社からは逃げ回っていたのだと思った。違和感があったから。そのままにはしておけなかったのだ。放置することは出来なかったし、鈍感にしようと思えば思うほど、苦しくなった。自分の反応を無視することが出来なかったのだ。それでよかったと思えている。よく逃げ出さなかったと。そのためによく逃げてきた。

 

 

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矛盾していて、曖昧で。

それでいて、答えもない。

そういう中にいる。