溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

小説のような日記です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170829

ランニング

 鎌倉から由比ヶ浜極楽寺、長谷を経由してランニング(ほぼ散歩)する。極楽寺へ向かう切り通しの登り途中にある成就院に立ち寄る。円結びのお寺らしい。階段を登っていると観光客が僕の方向を向いてやたらと写真を撮っているので何事かと思って後ろを振り返ると海が山の隙間から一望できる。これを撮っていたらしい。僕を撮っていたわけではなさそうだ。とんだ勘違いである。一応スポーツウェアで走っていたので撮られてもな、なんて心を改める。登り切ってしばらく休憩。極楽寺方面へ向かい山を目指す。鎌倉方面へ抜けられる道があるのか搜索開始。抜け道は見つけられなかったものの神社でお参りする。元来た切り通しを戻って由比ヶ浜の海浜公園に向かい給水。顔を洗ったりして再スタート。長谷に出て甘縄神明神社へ。鎌倉最古の神社らしい。階段を登る手前でハーモニカを吹いているおじいさんが座っていた。軽くお互い会釈する。ここでも少し休憩。汗を拭いながらのんびり歩いて帰宅。ポカリで水分補給。シャワーを浴びてカルピス。きっと運動した意味はこれでなくなった。ガリガリ君チョコリッチを食べる。これでマイナスになった可能性大。それでもこういう楽しみも良いななんて思う。

 

眠り

 なかなか寝付けず4時ごろ一度起きる。水を飲んだりしてウロウロする。パソコン開いてちょっとだけ書く。体をマッサージしたりストレッチしたりしてゴロゴロするがダメ。気づいたみーさんが目を覚ましてマッサージしてくれる。それからはぐっすり眠ることが出来た。パンツ一丁で寝ていた僕にパジャマを履かせてくれる。もはや介護ではないか。でもおかげでそれ以降は熟睡することが出来た。展示の夢であったり絵のイメージであったりそういうのが延々と浮かんでくる状態だった。不安なのかなとも考えたがどちらかというと興奮している状態なのかもしれないと思った。寝る前は少し落ち着けるように工夫が必要かも。パソコンは見ない。お風呂に浸かる。カフェインは取らない。ストレッチやマッサージ。タオルケットはちゃんとかける。パジャマ履く。ちょっと工夫して心地よい睡眠を。寝れていないのに夢を見る状態は疲れが溜まって良くないので眠りながら夢を見るように。そこを間違ってはいけない。寝てるけど夢を見ているのが夢自体になっている感覚。そうでないときは興奮していたり不安な感覚に覆われているような状態。

 

味噌汁

 晩御飯は焼きそばと味噌汁。焼きそばは玉ねぎともやし入り。味噌汁は大根、豆腐、油揚げ。豆腐は絹が好き。木綿はどうしてもボソボソするイメージで苦手な印象。いつも必ず絹に手が伸びる。味噌汁が良い。焼きそばだけだと食べ疲れてしまうけれど味噌汁があると体に染み入って少しホッとした気持ちになる。簡単にすぐ作れるのもありがたい。どうしても偏ってしまうが一品味噌汁をつけるだけでもだいぶ変わってくるなと思った。うんちの調子も良し。お腹の中でどんよりと言うよりはスルスルと出てくる。8月に入ってから食事を意識してみる月間を始めたが、味噌汁やレバーが良さそう。あとはお菓子ではなくフルーツに置き換わっているのも良いかもしれない。かと言って夜に摂りすぎると糖分があるのでよくないらしい。食事って難しい。でもシンプルに食べたいなと思うものを食べるのが良いなとも思った。それと食べ過ぎない。ついつい大盛りとかラーメン2玉食べてしまおうなんて思ってしまうが1玉にしておいた方が次の日の体は軽い。そう体の軽い重いと言うのは本当にあるのだと思った。できるだけ軽やかな状態を維持できるようにすること。かといって頑張り始めるとやり気が無くなって来てしまうので食事は楽しくみんなで一緒に食べるを基本に。

 

 朝起きてすぐに絵を描く。寝てる時にイメージのようなものが出て来たのでそのまま始める。やってく中でイメージとは違うものになっても良し。イメージ通り仕上げるよりは動きの中での衝動を大事にしたい。朝起きるのは書くために起きているのだがそうじゃなくても良い。それが絵になってもいいし、ギターでも良し。とにかく朝の習慣として起きたら何かを始めると言うのが肌にあっている。作ることの喜びのようなものがある。それは学校の中で感じていたものはまったく違ったものだ。あの頃絵が上手い友達なんてたくさんいて、僕よりも面白い文を書く人もたくさんいた。歌が上手い友達も、楽器ができる友達も、勉強ができる友達もいた。僕の周りには才能がある人が山ほどいてそれを羨ましいと思っていた。それに僕が何かを自分でやる必要なんてないとも思っていたがそんなことは今となってはどうだって良いことである。ただやってしまう。意味はない。ただ意味のないことの連続がここにあり暇を潰しているだけであるのかもしれない。しかし上等な暇つぶしであるとも思う。どれだけ自分の中に入り込めるかであり、どれだけ自分を殺すかである。自分のためであるようで誰かのためである。自分軸なんてない。徹底した他人軸でもある。僕の行動は誰かへの行動の呼びかけでもある。やめないで欲しいとそう言っているのかもしれない。僕が見てきた人たちは皆才能があった。何かに秀でていた。それを続けないのはなんて勿体無いと思う。それよりも何か損失しているような大きな人間としての損失をしているような気がしてならない。だから僕は率先してただ振る舞うのかもしれない。僕はただその原動力というか初動の手助けになればそれで良い。お願いだから才能がないとか、何がしたいか分からないなんて言わないでほしい。僕はあなたを見ていたし何よりもあなたが作ったものを心底素晴らしいと感じていた。あなたの視点がなによりも素晴らしく、それは自らが生み出しているものだった。独自の空間でありそれが子供の頃あったことを忘れないでほしい。僕は見ていたのだ。放課後に。もちろん学校生活でも優秀だったあなたたちが今は何の違和感もなく、過ごしているならそれで良い。しかしそうでないならば思い出してほしい。あなたの文が、絵が、歌が、楽器が素晴らしかったことを僕は見ていたし、知っているということです。それが何よりも重要であると思うのです。僕はそのことが重要だと思っている。あなたの小さい頃を知っていることが何よりも重要なのだと思っている。捨てずに還ってくること。ここに還って来れば良いのです。

 

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よく眠れなかったけど調子は悪くない。

今日は夕方に病院。