溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20170925

繊細

 動いている。静かに。私がいつの日も気になっているのは人の反応なのかもしれない。相手に喜んでもらいたいだけなのだ。喜ばれたことで自分が喜ばしたことを満足したいのだ。そのためにただ生きている可能性もあるのだが、今そのことに触れることに一体何の意味があるのだろうか。私は止めることはない。ただ続けている。これはひとつ時間を引き伸ばしていると言っていい。時間を拡張している。広げている。そうやってどこか遠くへ行く。私は旅に出ていた。来たこともない場所だった。それは知っている場所でもあった。懐かしい場所でもある。どうやら来たことがある。何度か見ていたのは映画の光景だったのだろうか。私は確かに出かけてはいなかった。ただじっとしていた。何事もなく過ぎて行く時間を目の当たりにした。どこかへ出かけていたのは時間の方だった。気づけば隣で寝ている。口を開けながらいびきもかかずに。呼吸もしていない。私は何もしていなかった。次があるなんて思ってはいないのだが、終わることは考えている。いつも終わっている。今も終わった。またひとつ終わったのだ。それは悲しいとか、寂しいとかそういうことと近いのかもしれないが、私はとにかくその光景をただ観察していた。漂っていたのは時間であり、風だった。飛んで行く様を見つめていた。空に広がったのは街だった。私は街を見上げていた。高い建物はなかった。街には夜があったのだ。深い色だった。夜色だった。私は夜の色を眺めては少し湿気の混じった空気を思い切り吸い込んでいた。私は歩いていた。手には大きな袋を持っていた。両手はふさがっていた。露天商が手作りのペンダントを売っている。私は深呼吸しながら露天商の顔を見た。ただ会釈だけした。挨拶はしなかった。それでも挨拶していた。礼儀ではなく関わりがあった。それは意識的な関わりであり言葉で交わすことはなかった。街灯が私を照らしていたように見えた。私は照らされてることを見ていたのは私が鎌倉に飛ぶトンビだったからであり、私は人間のことをよく見ていた。いつの日も観察していた。時には接近戦に持ち込むことがある。私はそうやって現実へと引き戻す。これは救済活動でもある。抜け落ちた魂を体内に戻している。だから私は魂を拾い集めて返していると言っていいかもしれない。それは空からの方がやりやすいし効率が良かった。効率を考えなくてはいけないのだ。だから私は空を飛んでいたし、決して地上に足を踏み入れることはなかった。

 俺が足を踏み入れたのは空か洞穴だけだった。そのどちらかだ。俺の居場所を掴むことはできないだろうが、なぜか鳥とは出会うのだ。俺のヒゲを不思議そうに眺めやがる。俺はそんなことを気にしていないように見えるが、ヒゲのことを気にしている。ヒゲが俺たちのアイデンティティであるし、俺はそのことを必死に考える。容姿が気になっているのだ。地上になんていてみろ。俺は終わりのないどこまでも広がる海の上で来る日も来る日もヒゲを確認し、容姿を気にしなくてはならない。地獄に近いのである。だから俺は洞穴にいる。誰も辿り着けないほど奥。そこは暗闇だった。俺が生まれたのは暗闇の中だった。一筋の光が見えた時、俺は声をあげたのだ。俺が俺だと感じた初めての瞬間だった。その時から俺は孤独だったのだ。俺はもう個体として体を得た。それは集合体だったんだ。だから孤独と言っても孤独ではない。それでも俺は孤独と誤解していた。誤解ではない。信じていたのだ。この感触が消えることはない。ずっとずっと覚えていたことだ。暗闇の時から覚えていた。俺は生まれたんじゃない。表出した。ただ眠っていただけだ。その眠りから覚めた時俺は一筋の光に向かって泳ぎだした。

 漂っていたのはその時だった。私は漂っていることを確認して地に足をつけた。状態は漂っている。その状態がもう3ヶ月は続いていた。いっそ大地に思い切って足をつけてみることにしたのだ。それは私たちで決めたことで全会一致だった。誰も首を横に振るものはいなかった。好奇心の方が優っていたのだろう。地に足をつけた時、私たちはまだ体が揺れていた。私たちは顔を見合わせて首を傾げた。ただ表情だけだった。顔の筋肉だけを私たちに合わせて同じように動かした。私たちはそうやって足並みをそろえた。

 俺は夢の中にいた。とは言ってもここは現実である。だから俺は地上を歩いてるのだろう。そういえば近頃は空を飛ぶことはすっかりなくなっていた。俺の容姿も少し変化しているようだった。ヒゲは相変わらず気にしていた。ほとんどを洞穴で過ごした。そこに慣れてしまった。俺は洞穴から空へとたどり着く方法を見つけていた。だから空は飛んでいたのだ。俺は漂っていた。長い体を優雅に舞い上がらせた。それでも俺はヒゲのことを忘れることはない。これは俺に一生つきまとう問題であり、解決することのない問題であるのだ。だからそれは問題ではなく、存在なのである。問題にしているのはいつの日も自分自身の決めつけであり、望みであった。俺は問題にすることを望んでいなかったし、求めてもいなかった。だから問題ではないのだ。問題だと感じたことすらなかった。

 私は気になってしまうの。だから仕方がないことだとも思っているの。私はいるはずのない場所で今生きているような気がするの。私は存在していなかった。どこにもいなかったはずよ。それなのに私はいま、呼吸していたし泣いていた。気になっていたの。何が気になっていたのだろう。筋肉のことを言っています。表情を気にしているんだわ。私は表情を気にしているの。ただ喜ばれたかっただけよ。そうして私自身を賛賞しようと思っていたわ。明日は来るのかしら。どうしても私には今にしか見えないの。明日に希望を抱くことができないわ。私は今にしか希望を抱いていない。転調。転がっていたの。私はただ上り坂を転がっていたわ。まるで下り坂だった。私は坂道を行ったり来たりしていたわ。往復していたの。景色は何も変わらなかったわ。それなのにいつも私は初めてのような気持ちになるの。何も変わっていないはずなのに、それは初めての気持ちだと思うわ。私は初めての気持ちをまだ持っていることに気がついてたし、止めようとも思わなかったわ。だから買い物に出かけたの。エコバックを持っていたわ。袋を使うことをやめたの。だからバックすら持っていなかった。何もかもをむき出しの状態で扱うことにしたの。だから私は繊細さに触れているの。繊細さにふれることは私の得意なことではないの。卵みたいで。落としたらすぐに割れてしまいそうなの。私には扱うことが難しいの。それなのにどうしても私は卵に好かれたいのよ。難しいことなのにそういうことを考えてしまうの。だから私は気になっていたのよ。風が吹いた。

 

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今日から展示スタートです。

絵画、立体、布など多数展示しています。

 

鎌倉のミサキドーナツにて。

10月9日まで。