創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171001

詩的な日記小説

 朝起きてすることは変わらない。起きたらまずは書き始める。最初は日記のつもりであったがいまでは自由に書くようにしている。「詩的な日記小説」というのが分かりやすくて気に入っている。こうやって自分のやっていることを言葉にしていくことなのかもしれない。毎度更新されていくのだろう。その時やっていたことと今やっていることが一致しているとは限らない。しかし、根本的には何も変わらないのだろう。作るとは何かを問う時に僕は巣作りと答えるのかもしれない。それは家のようなものだ。居場所は自ら作るという考えなのだろう。そして、それは放課後のようなものだった。好きなことにとことん打ち込んでいたあの放課後だった。その時間は誰も侵入することのできない時間だった。没頭なのかもしれない。絵を描いていた。気づけばといったほうがいい。絵画なのか。絵画と言えるかもしれない。習っていない。とにかく書き始めた。私は画家の時代背景を見た。そこでの生活や内面を見ていたのだ。その背景を知り、私が生きるこの時代での作り続ける意味とは何かを問う。私たちは死んでいたのだ。内面がだ。内面がどこか遠くへ追いやられた。まだギリギリ死んではいなかった。追いやった結果死ぬのかもしれない。どちらも。その時に危機感のようなものを覚えていた。私たちというのは何かの機関に殺されて良いものなのだろうか。死者は毎年数万人いる。これはこの国のことを言っていた。私も時折死にたいと考える。それは何かの孤独感なのかもしれない。私はいま丁寧にそのことを書こうと考えた。勢いではなくスピード感ではなく丁寧に言葉を刻みたいと考えた。これは新しい発想だった。展示が始まり1週間が経った。その中で私の言いたいことは何か。伝えるべきことは何かを改めて考える。言葉にできていない歯がゆさが私の中で充満していた。悔しさだった。力不足と感じていたのかもしれない。どうってことはなかった。私は続ける意志を持っていたからだ。ただ書き続けるし、作り続けようという意志はあった。これは一般的なビジネスの思考となんら変わらないのかもしれない。私はビジネスマンというものを毛嫌いした。スーツを捨てた。もう着ないものだと考えた。しかし何かこれまで作り続けてきたものは自分の世界を保持するためのものであると考えた。生きるためのスペースのようなものだった。永遠に止まることのない運動だった。止めることもできなかった。これは私自身がだ。誰からの制圧も受けることはないのだろうと考えた。これこそが空間だったし、居場所だったのかもしれない。しかし私がやらなくてはいけないことはもしかしたら現実的な行動なのだろうか。これはうまくいくことを考えているからなのだと思えている。私は何かをうまくいかせたいのだ。宣伝か、広告か。人と出会いたいのかもしれない。深い場所で出会うためだった。それはどこかひとつ深い場所で出会うための技術が私には圧倒的に不足しているように感じていた。そのことが私を奮い立たせてもいる。私がなぜ今イヤホンから音楽を聴いているのかは明白だった。私は出会っていたからだ。男はアメリカにいた。時折日本に来ることもあったが私はまだ直接は出会っていない。男はサムといった。ジョンと読むこともできたし、それはボブだった。音楽家だった。私は彼の音楽に出会っていた。そのことに感動を覚えていたし、喜びを感じていた。男との出会いは私をまた深く内面へ誘うものだった。結局外に向くのでなく、内面へ向かうのだ。私は結局のところ未だに恐れている。人前に出ることをだ。怖くて仕方ないのだ。未だにそんなことを言っている。私は人前に出ることができないとそういった。すると「あなたはもう何べんも人前に出ている」と言った。MCをしたり、モデルをしていた。踊っていたし、歌っていた。私はギターを弾いていた。それが私にとっては忘れ去られた経験となった。未だに自身が持てないとは何か。私は未だにそんなことと葛藤しているのだ。これを弱さというのではないだろうか。別に弱くても良いのかもしれない。表に出ることが私には出来ないのだろうか。これは恐れを書いている。実際のところはどうなのかすらわからない。混乱しているのかもしれない。書いてはいけないことを書いた。これは禁止されていた行為だった。何かを漏らした時点で私たちは捉えられるようだった。何かの決まりがあるらしい。それは束縛のようのなものだった。今私はそういうったものから解放されている。禁止されていることをしながらも、私はまったく別の世界へと飛び立っているのだから果たして自由とは何か。禁止したところで私たちは自由にならないし、それを破ったところで自由にもならない。その先にある。ここにいる。俺はここにいる。ここにこい。その先にいる。恐れの先にいる。自由になりたいか。束縛から、その呪縛から解放されたいか。それはお前が抱えてきたものだ。この人生だけではない。そんな短いスパンのことを俺は言っていない。もっともっと歴史がある。太古の記憶と言っていい。お前が惹かれるその時代にお前の抑圧は生まれた。お前はその記憶を知っているか。思い出しているか。忘れていることを思い出せ。そして沸き立たせろ。溢れ出せ。湧き水。お前の湧き水を知っているか。ここにいることを知っているか。お前の生命がここにあることを知っているか。私は逃げ出したかったのだ。この恐れから。人目に触れることから逃げ出そうと考えていた。そういうことを私は考えている。未だにそんなことをしているのかと考える。そうだ。未だにそんなことで悩んでいた。ほんの数人と出会えたらそれは幸せなことだ。たった一人と出会えているならそれは幸福なことである。出会うためには出し続けるしかないことを知っていなくてはいけない。私はもう次に進んでいた。一度人目に触れたからだ。次にどう進むべきかをもう知っていたのだ。私は興奮していたようだった。表にそれが現れることはなかった。ただじっと興奮するということがあるのだ。そして人の言う言葉を受け入れる必要もなかったのだ。そこには心理的な状態の影響しかなく聞き入れる必要もなかった。だから私は聞き入れるのは男たちの音楽であり、女たちの歌声だった。それしか私の内面に届くものはなかったのだ。

 

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むき出しにならなくてはいけないのはいつの日も自分自身だ。