溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20171004

内側

 「外側にエネルギーを向けようとすることないよ。なんなら内側に向け続けたら良い。そうすれば自ずとエネルギーは溢れ出す。大切なことは外に向かい続けることでではなく、内に向かい続けようとする勇気みたいなものなんだよね。それを抜きにして外へは向かわないんだ。」私はこの言葉を聞いて安心したような気がしていた。はたして誰がこの言葉を私に投げかけていたのか。確かに聞いていた。明確な誰かではなかった。それでも構わなかったのかもしれない。私は細かいことを気にし始めてしまう。まったく余裕のない人間なのだ。何をするにも重労働のように感じてしまう。体が重たい。困り果てていたのは隣に住んでいるおじさんだった。おじさんはタバコを吸っていたし、よく咳き込んでいた。タバコの原因であるかは定かではなかった。おじさんはいたって元気なそぶりを私たちに見せていた。それは突然だったのだ。おじさんはある日を境に姿を消していた。その境が定かではないのだ。一体いつから姿を消していたのか、誰も知らないのだ。知っているのはおじさんにただ一人と風、栗鼠、カラス、ハエ、足跡は途切れていた。固いことを言っているのはわかっていた。嫌だったわけではない。ただ何か壁を作ろうとしてしまうところがあるのだ。私は距離を取りたいとそう考えてしまう。それは私自身にまったく余裕がないからであった。私自身が立ち振る舞う上で余裕がなかったのだ。慣れなのだろうか。これは慣れなのでしょうか。私は経験がない。全てがいつも0になるのだ。積み重なるという感覚はない。ただ描いていた絵の量は増え続けていた。留まることはなかったのだ。これは内側に向いた結果だったのかもしれない。私は外に向けることのできないエネルギーを内へ内へと向けることにしたのだ。するとそれは外に溢れ始めるという結果をもたらしていた。これは偶然だろうか。当たり前の結果と言ってもいい。いたって自然の摂理であった。ただ私の容量というものが極端に少なかったに過ぎなかった。それを自己否定する必要もなかった。私は彼との決別を図っていたからだ。彼はもう何もかもを自分でやることが素晴らしいとそう考えていた。それは器用にこなせればきっと彼自身の評価につながると考えてのことだった。私はそういった器用に何もかもをこなすことが難しいことに気づき、それをどう彼に伝えて良いか考えあぐねていた。しかしそれは突然だった。彼の方からだったのだ。「俺はもう何もかもを一人でやることはできません。それは自然の摂理みたいなものです。俺は自分の容量の小ささに気づきました。器用ではないんです。不器用であることを隠そうと頑張ってきただけのことですよ。だから今回限りで俺はこの職務を引退することにします。大げさなものではないんです。ただ俺の中では大きな衝動が動き始めたと言って良い。」これは賞賛されるべき決断だった。時代がそれを物語っていた。時代とは何か。たかが20数年の歴史のことだったのだ。しかしその20数年はもっともっと拡張することができた。太古の記憶。忘れ物。落し物取扱所。これが私の職業だった。私は忘れてしまった何もかもを収集していた。これは収集癖といってよかった。ペットボトルの蓋、メモ書きされた付箋、貝殻、空き瓶、海の風、山の香り。私はそういった様々なものを収集することに勤めた。私の職務は終わっていなかった。定年退職ではない。私は定年がなかった。私に定年などあるのだろうか。それはきっと死ぬ時であろうし、だが私には何もかもの収集したものが残る。すなわち私には定年がない。死という概念がない。それなのになぜ私は死を恐れているのか。恐れているのは生きることか。棒に振ることだった。私はもう何もかもを棒に振った。私が器用であるべきことは棒に振ることであった。それでも構わないと思い始めたのは私が全てではないと気がつき始めているかもしれない。私が集中すべきことは何か。私は作り続けることに集中すべきなのか。私はなんでも集中しない。数分のことだ。たった数分のために集中するのだ。頭はヒートアップした。それは反応として現れていた。それでも何かその時間にいかにして入り込むかが私には興味があった。余裕ではない。これは興味だった。これが今回私が前に進もうとしていることなのかもしれなかった。何もかもを手放し、ただ一つに集中することだった。それは内面にエネルギーを注ぎ続けるという、これまでとは違った、いつもとは違う選択を取るという決断だったのだ。それは一人でできることではなかったのだ。これは出会いだった。これができるタイミングであるのだ。だとしたら今やらなくてはいけないことだった。これはやらなくてはいけないことだったのだ。使命とか、そういうことでもない。ただ何か深いところへ入り込むためにこの場が必要であったのだと私は確信をし始めている。私はそこに足を踏み入れていた。そこで何が待ち受けているのか私は知ろうともしなかった。そこで何かを得ることがさほど需要ではなかった。私がそこに足を踏み入れるその瞬間こそが重要だった。いつの日も瞬間のことを私は言っていた。それ以外は流れであった。自然の流れだった。私たちは自然に逆らっているように見えるが、これこそが自然の流れであったのだ。「どこまでやれるかやってみなさい」と、スーツを着た男が声をかけてきた。男は20代前半に見えた。ホストのような出で立ちだが根は真面目そうだった。これは印象だった。色白で、好青年に見えた。ただ身につけているものがホストのように見えるというだけだった。私は彼の背中を見た。「帰ってきなさい。帰ってきなさい。元ある場所へ。帰ってきなさい。」私は恐れから様々なことを口にしていた。だから帰ろうと思ったのだ。私は私の中に起こる憎悪に恐れを抱いている。決して誰か人を恐れているわけではないのだ。私はただ内面の動きに集中した。それが役割だと感じた。これを理解されるとも感じていた。これが伝わっていることに興奮を覚えていた。私が辞めることはなかった。選択肢にはなかった。考えてもみなかった。それなのにどうしてやめてしまうのだろう。あなたはなぜやめてしまうのだろうか。

 

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すっかり夜じゃ。