溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20171005

散歩

 月を見ながら散歩する。ご飯を食べた後にみーさんに誘われた。夜にゆっくり歩くのは久しぶりのことだった。最近は夜になると半袖では肌寒く上着も必要になって来た。気づけば10月なのだ。10月は生まれた月でもあり好きな月だ。夏が終わり、肌寒くなるこの切ない気持ちになってくる。この感じが好きなのだ。月は雲を照らしていた。雲は白く輝いていた。周りを覆っていた。十五夜中秋の名月と言われているらしいが、必ず満月であるというわけではないのだそうだ。それでも月灯りは幻想的で、久しぶりに空を見上げたような気がした。鎌倉の夜は暗かった。私は鎌倉に住み、始めて夜というものを体験しているように思えた。暗がりに少しの恐怖心を抱くのだが、その怖いという感覚が何か忘れ去られてしまっているようにも思えるのだ。草木は風になびき音を立てていた。暗闇で聞くその音が何を伝えているのか。背筋を伸ばした。何度も後方を確認した。肝試しなんてするものではない。それは冒涜だと思えた。精霊への冒涜。精霊の声を聞いていた。これは幻想なのだろうか。私は確かに聞いていたし、見られているという感覚を常に持ち続けていた。私はいつの日も傍観している姿を目撃していた。それは人か、動物か、植物か。決めつけることなど出来るのだろうか。何か決まった、種別の、名前を、つける。その意味はなんだろうか。私は分類する。区別し始めた。壁を作り、差別を始めた。これは差別なのだろうか。そうではなかった。言葉だけではそう感じてしまうのだが、私は自らの空間を守りたかったのだ。恐れていたのだ。私は自らの状態を守ろうとした。空間を保持することに勤めたのだ。それは内側にあるのか。外側にあるのかもしれない。真ん中だった。帰ってくる場所であったのだ。居場所は自ら作り出すことが出来た。創造的であったのだ。誰しもが創造的であった。私たちはそのことを忘れ始めていた。私は一体どこに行ったのだろうか。私は散歩をした。夜風に当たりながら考え事をした。考えることを考えていた。考えてしまうことをどうして考えてしまうのかと考えた。それはただの暇つぶしのようなものであり、今後も続く。社会は何かの動きをもたらしていた。それによって歯車は動き出したのだ。私は眺めていたい。その歯車になるのかと考えていた。これは俺が言ったことだ。口出しはさせない。俺は歯車になる気は無かった。社会を変えようと思うな。作り出せ。自らが作り出させ。そのために空間を作り続けろ。そこから言語を作り続けろ。発行し続けろ。自らが発行することだ。誰の手も借りるな。それは委ねてはいけないことだ。頼るところを間違えるな。何もかも握られちまう。お前自身が手綱を握れ。誰にも手渡すな。それは思考か、哲学か、言語か。討論するな。対話せよ。直接話す必要はない。独学でいい。死者と関われ。死者の声を聞け。先人たちの声に耳を傾けろ。

 

死者と子供

 それは死者と子供だった。どちらも先人だった。私たちは先を生きているようでもう死に向かっているだけであった。残し続けることしかできないのだ。その間は先人でも、子供でもなかった。いま何もかもが私を取り締まる。縛り付ける。私は牢獄の中にいた。そうやって歳をとっていたのだ。気づかぬうちに。子供は自由だった。まだ牢獄に入っていなかった。これは自主性に重んじられていた。それなのに私たちは自ら牢獄に入ることを望んでいた。これは無意識と言いながら意識的にだった。これを無意識のせいであるということなど誰が出来ようか。無視してはいけないのだ。私たちは無視し過ぎた。声を聞かなすぎたのだ。私たちに出来ることは何か。聞く耳を持つことだった。対話を言葉で交わすことを放棄することだった。湧き水を飲みあうことだった。そうやって交換していくのだ。お互いの水に触れるのだ。私たちは水だった。水であるから触れ続けるのだ。飲み続けるのだ。私たちの体から水は溢れていた。留まることはなかった。留めているのは誰か。私か、お前か。私たちの無意識か。世界は無意識で生まれていた。集合的な無意識によって当たり前や常識は作られた。それは私たちが生み出したのだ。そのことに気がつかなくてはいけない。これは仕事なのだ。世直しと言っていい。私たちは世直しをしている。世界を良くするために、地球を良くするために生まれて来ているのだ。そのことを知っているか。思い出せ。思い出せ。聞け。耳を傾けろ。聞こえてくるのは声か、風か、波寄せて、私たちは向かっていくのだから、そっとしておくのだ。優しく触れることだ。大声を出すな。叫びは内面へ。どこまでも続け。内面の旅路。外に出すな。内に向かえ。たどり着いた時湧き水は溢れ出すことを忘れるな。その時、自ずと外へと流れ出す。川、湖。流れて広がる。静かに揺らぐ。それは癒しだろうか。私たちは癒されていた。その光景に、香りに、肌触りに。風が運んで来たのは情報なのだろうか。香りに含まれる記憶、情報、残り香、漂い。そう言ったものが私たちを取り巻いていた。膨大な情報だった。私たちは現実の漂いの中で膨大な情報をキャッチしていた。そのことを忘れていたのだ。これが無意識だった。そこからどこか遠くの私の中にある記憶の泉のような場所へとリンクした。これは繋がりを生んでいた。一本の糸だった。か細い糸であったが強靭な強さがあった。切れることはなかった。簡単には切れることはなかったのだ。そういう繊細な糸が私には張り巡らされていた。それを手に触れることは出来ただろうか。私は口にくわえた。何本も糸を口にくわえることで、こぼれ落ちていくことを防いだ。これは記憶だろうか。思い出していたのは私の生前だった。私は芸能民だった。歌い踊っていた。しかし殺されたのだ。私は殺されていた。組織に。国に殺されていた。私は今もそのことに怯えているが、今乗り越えようともしていた。これは現状だった。日本人ではなかった。ヨーロッパにいた。私の記憶は確かだったのだろうか。私たちはヨーロッパにいた時に既に出会っていたのだ。今は日本にいた。それほど遠くない場所で私たちは惹かれあい、出会ったのだ。これは出会うべくして出会っていたのだ。これは糸にも繋がっていた。私たちがその糸をたどる時、たどり着いた時、私たちは出会うのだ。忘れていた記憶を思い出せ。声を聞くのだ。死者からの。それは友人であり、恋人であり、家族だ。そして、私自身の声なのだ。

 

 

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今日は画材を買いに行って、展示会場に比較的いる予定。

涼しくなってきた。