溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20171010

真っ白な壁

 綺麗さっぱり。真っ白な壁。元どおり。何もなかったように。残っているのは漂い。漂いだけは何か付着しているようだった。花はあった。そこにあった。目の前にもあった。きっとどこかでまた出会う。花の役割。また出会えること。揺れる。振動で花は揺れる。それは風が引き起こしたものではなかった。泣いていた。それは必然だった。どこか重なる部分があったのかもしれない。重ねていたのはどちらか。リズムが変わる。メロディが変わる。またどこか蒸し暑かった。蒸し器の中。蒸されていた。小籠包。シュウマイ。餃子。皮に包まれて蒸されていたのは、肉や魚介。野菜も含む。そういったものが全体を包んでいた。私たちも包まれていた。それと同様。怯えていたわけではなかった。先が見えないわけでもなかった。そっと佇むことだった。それこそが徘徊。街を徘徊。何を見るか。ただ散歩すること。走ってみてもいい。そこから何を見る。何を見出そうとする。聞きつけてきたのは子供達。情報屋。家業を注いでいた。これで5代目。歴史を刻む。心配は消えたのか。様々な勘違いが引き起こした演劇。悲劇とは言わない。これは演劇。芝居。即興芝居。それでも十分に鍛錬を積む。だから即興とは言えないかもしれない。それでも即興的であるかもしれない。コンタクトインプロのように流れていた。肌の触れ合いとともに滑らかに時間が流れていった。通り過ぎていたようにも思えた。それは客観視していた。感情的になるわけでもなかった。同一化しない。ただ判別を繰り返す。それは見逃しているのか。それとも見過ごしたのか。意図してそうしているのか。飛び込め。飛び込め。飛び込むことで見えてくる。追い込んでいるのは自分自身だろうか。また同調。同調。また共感、共感。わかったふり。人前だとわかったふりを繰り返す。結局飛び込むそれ本能。やめることなど出来ないのだ。どうしてやめる必要があるのか説明は不要だった。質問できるのか。そんなことを質問できるのか。調べれば出てくる。自分で調べればすぐにわかることだった。それをすぐに人に聞いてはいけない。学習しなくてはいけない。そうやってまた塗り固める。固めて固めて壁を破壊。自分でやりなさい。そんなことを言っていたのはどちらさま。私ですか。私がそう決めたのでしょうか。縛り付けているわけでもない。そうやって緩むことを拒否。そうやってそうやって。いつもそうやって固まる。身動きとれず。どちらも必要。緩み過ぎてはいけない。緊張感を持ちながら体を緩める。曖昧。曖昧ではなく性格なこと。答えではない。単純かつ明瞭。分かりやすく説明。分かりづらく話してしまうのは知識、専門用語。対抗意識燃やしても、何も燃えない。消化不良。燃料不足。燃やしなさい。対抗ではなく、光体を作りなさい。発光し発酵なさい。そして貨幣発行。腐らぬものを体の中に取り入れる。不自然な真実。不自然な自由。

 

泳ぐ

 追い求めるなら泳がなくてはいけない。私たちは常に泳ぎ続ける。正面だけを見てだ。正面はどこまでも続く。後方こそがもっとも頼りになる。それは皮膚の記憶。残り香。通り過ぎていく泡。ぶくぶく。出せばいい。排出排出。水槽の海藻。もずくとすごす。まりものことを知らない。子供達はまりものことを知らない。宇宙のことは知っている。大地のことや、風のこと、雨、海、湖、虫、木、葉、腐葉土、踊り、歌声、音色、万物、知恵、太鼓の記憶、鼓動、振動、揺れ、さまよい、漂い、足元。忘れていない。子供の特殊能力膝の上。そこに乗ることが特技、特権。いつまでもいつまでも。群れをなして群青。群れなす大群。大空へと羽ばたくのは魚。鳥は海へダイブダイブ。潜ること、それは餌の確保。弱肉強食。年功序列。そうやって、また矛先を見つける。人間の弱さへの警告。矛先を向けて、批判の対象。また暴言、暴言。否定を否定。矛盾矛盾。そうやってまた敵対視。懲りない。なにも懲りてない。

 

心理戦

 これは心理戦なのだろうか。戦なのか。争いを生む。戦い。勝負事。何を持って勝ち負けなのか。点数か。数字で勝ち負けを決めていた。何に対して負けていたのか。数字ではなかった。自分自身に対してだろうか。それは弱さか。定かではなかったが、戦いをやめても構わなかった。争う必要がなかったのかもしれない。時代のことを言っているのかもしれない。古い考え方、新しい考え方と、考え方について問われている。どちらでもなかった。ただ継続のみがそこにあった。続けるだけだった。考えることをやめるわけではなかった。ただ語らなかったのだ。そのことについて口を閉ざすこと。漏らしてはいけない。発酵させなくてはいけない。時期尚早。見誤ってはいけない。じっくりと堪能。味わう。発酵食品。酵素玄米。色合い。手繰り寄せることだった。ただじっとしていながら漂うことだった。また始まるのか。男はそう言っていた。何も終わったわけではなかった。これは連続性だった。連続的に起こる、点と点と点。点の連続。その点を眺めてことが人の内臓を響かせる。そうやって衝動、衝撃を生み出す。それは破壊的ではなかった。いたって創造的な振る舞いであり、行いであった。消えることもなければ、消そうと躍起になることもなかった。ただ単に確立されていただけのことだった。単純に言えば他にやることは特になかった。ただ集中すべきものは決まっていたのだ。それは討論する余地もなかった。向かう先は決まってたからだ。鍛え上げて、また鍛え上げる。これは訓練だった。日々の鍛錬と言える。それをやめることなどなかった。だからこそ続けろと男は言ったのだ。ただ続けること。評価も、価値もない。ただ続けること、そしてやめないことと言った。また進むのだ。そうやって進む。後退してはいなかった。それは感受性だった。感じているだけで、事実はどうかということに目を向けたい。事実とは何か。事実と妄想はせめぎ合う。譲り合うことはない。ただ共存している。それは分裂しているのだろうか。統一性なはない。統一する気は男になかった。まったくもって無法地帯。法律は無効。それでも人権を守れと叫ぶ。人権は尊重されるのか。私たちは個人であったがそれ以上に全体であった。個人ですらなかった。何者でもなかったし、大いなる個人であったから私は笑っていたのだ。1度でなくて2度味わうこと。何遍も味わうこと。すると感じることや発見は変わってくること。1度で全てを知ったと思ってはいけない。連続連続。わかったようなフリはいけない。

 

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展示無事終わりました。

どうもありがとー。