溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20171110

答え探し

 「正解はどこですか?答えはどこですか?丸は?点数は?探しているんです。どこに行ったのか教えていただけませんか?私が探しているのはその明確な答えです。答えが欲しいのです。どちらに行けば正解か、どちらに行けば100点か。どちらに行けば褒められるか。どちらに行けば嫌な思いをしないで済むか。どちらに行けば良いですか?あなたは知っていますか?知っていると聞いたので教わりに来ました。私は探しているのです。どちらに進めば良いのでしょうか?」答えを探し回っていたのは誰ですか?私ですか?あなたですか?君ですか?僕ですか?俺?私?誰?誰なの?誰のことを言っているの?口にしている人のことですか?喋った人のことですか?探し回るといいですよ。いつまでも探し回ればいいですよ。そんなことしても無駄ですよ。何もないですよ。でも意味ありますよ。書けばいいですよ。喋ればいいですよ。作り続ければいいんです。ただそれだけのことですよ。反応、胸に違和感、何をもたらしている。この反応に反応し続けることである。これだけで十分だった。今、彼は何を描いているのだろうか。それはピアノの音だった。実際に聞こえてくる。カラスの声と混じるのだが、どちらも困惑しているようだった。木の板で作られた床の上に一台のピアノが置かれている。それを取り囲むように、人が座っている。スーツを着た男、ドレスを着た女、ウエイトレス姿の男性がお酒を配っているようだ。演奏しているのは眼鏡をかけた男性だった。胸にはピンクベージュのハンカチを身につけている。ダイヤの形をしたカフスが輝いて見えた。革靴は黒く光っていた。しっかりと手入れをしているように見えたのだが、演奏している男には歯がなかった。溶けていたのだ。今もまさに溶け出していた。天井にはシャンデリアがつるされている。光が反射し、散らついていた。金髪の髪の毛をしたおかっぱ頭の男の子が大人しく座っている。赤い蝶ネクタイが目に入る。そこは草原だった。蝶々が何匹も飛んでいる。黄色、白。数匹飛んで、それは蛾であるようだった。薄茶色をした無数の蛾は草原の中を飛び回る。彼は必死に蛾を追いかけた。黄色や白の蝶ではなく、その蛾を必死に追いかけていたのだ。薄暗い掘っ立て小屋の前に立っていた。辺りは薄暗く、森の中に迷い込んでいた。そこだけ明かりが照らされていた。掘っ立て小屋の周りには円を描くように木々が立ち並んでいる。イチョウの木だった。少し銀杏臭さが漂っていた。桜も咲いていた。ピアノを演奏していた男のハンカチのような色だった。あたりは暗いはずだった。彼は掘っ立て小屋のドアノブに手をかけてドアを開いた。蜘蛛の巣が張り巡らされている小屋の中を明かりもなし進んでいく。出窓から月明かりが入り込んでいた。雲が通り過ぎていく。彼は小屋の中の布団に横たわっていた。蛾を追いかけて来たはずだったのにすっかり見失ってしまったのだ。彼はそのまま眠りについた。もう数日間眠っていなかった。

 

河原沿い

 辺りはすっかり静かになっていた。蒲公英が咲いていた。月明かりに照らされたいたのだ。私は河原沿いを歩いていた。夜だった。寄り添うように歩いていたのは白い犬だった。よく見ると茶色いまだら模様が入っている。私はこの犬のことを知っているようだった。舌を出してウインクをしている様にも見えた。どこかの看板に描かれた犬だったのかもしれなかった。私は川に足を入れ、流れとは逆に向かって歩き出した。これこそが私の抵抗であったのだが、私なそんなことを考えていたわけではなかった。私は逃げこむように橋の下に潜り込んだ。行き場もなくただ歩いてたのだ。走りはしなかった。走った瞬間に私の姿は目撃されてしまうからであり、私は歩くことだけに専念していたのだ。背が高く伸びきった草むらを見つけその中に入っていった。すっかり寒くなっていた。私は持っていたジャケットを着込み、寒さに備えようとした。

 

認定試験

 雲は明るかった。明るい表情をしていた。太陽はオレンジに、そして赤を混ぜる。蜘蛛には表情をつけるのである。黒いペンだった。口を尖らせると風を生み出しているように見えた。茶色い机に向かって大きな紙を置き、色鉛筆を走らせていた。すぐに飽きてしまい、置いてあったファミコンに手が伸びる。ミニ四駆を走らせた。それはゲーム内であり、彼が見ていた現実ではないようだった。レースには何度出場したところで勝つことができず、彼は持っていたコントローラーを投げ出して、ヨーヨーを取り出した。コロコロコミックが置いてあるが、それはもう数ヶ月も前のものであり読まれることはなかった。犬の散歩をした。これはヨーヨーの技であり、時にブランコやヨーヨーを体の横で回すアラウンドザ・ワールド。そして体の前でループザループを永遠と繰り返す。ヨーヨーの反乱により硬い固形物が顔に直撃する。肌の弱かった少年は顔を腫らし泣き始めた。ヨーヨーを投げ捨ていた。今日は認定試験の日であったが、そんなことはどうだってよかったのだ。少年にとってはその顔の腫れこそが大きな問題であったし、試験に受かろうが受からなからろうがこの腫れ自体について嘆くことの方が大きな試験のようなものであった。

 

ダンス

 俺たちは合格を目指し、知識を詰め込み、技を磨き、それを人前で披露するのだが、そんなものが楽しいなんて思えるのか?決まった返答、所作、リズム。そこにダンスがあるのか?決まった振り付けを間違いなく踊ることになんの意味があるのか?重要なのは退屈なラジオ体操じゃない。ラジオ体操のあの退屈な動きじゃないんだ。あの何もかもの決まりごとのようなラジオ体操をどうやってダンスするかだ。俺の体は動く。俺の体は音楽だからだ。ただリズム、メロディ。その空間を察知し、触れ合い、それがまぐわい。床に壁に、腰、頭、胸、腿、つま先、指、指先にある爪、舌、頬。体内へと侵食させる。これは即興的に行われるが、まったく即興ではない。日々の訓練であり、その新たなパターンにはまり、また新たなパターンにはまり、その新たなパターンにはまっては抜けを繰り返し続けるのである。新しいパターンなんてあるのか?俺たちは何もかもを知っていて、何もかもを思い出しているだけだ。ただそれだけのことなんだから、パターンがどうだとか、動きがどうだ、やれリズムだメロディだを問う必要はあるのか?これはお遊戯会じゃないんだ。大人の満足のために演じさせられるのだけはゴメンだね。それは魂の人身売買さ。俺たちの目の前で幾度となくその売買は繰り返されてきた。俺たちは止めることもしない。売られるやつらは自ら望んで売られている。それが事実なんだよ。だから俺は踊っている。触れ続けれいる。この空間に快く閉じ込められながら、何度だって外へ出ていくのさ。その繰り返しだ。

 

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久々にコンタクトしたいと思う今日この頃。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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