創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171114

変容

 知らない鳥の声が聞こえた。彼は森の中を歩いている様だった。気がつけば森へ入り込み、もうだいぶ深くまできている様だった。あたりは薄い緑に覆われている。木の隙間から奥を見ようとするがまた木が立ち並び奥を発見することはできない。まだこの森に入り込んで数十分しか経っていなかったと思うがすっかり街の気配はなくなってしまったし、後ろを振り返ると来た道とはまったく違う道が続いている様で引き返す勇気がなかったのだ。元いた場所にはもう戻ることが出来ないと彼は感じていたし、とにかく足を進める、その足が置ける場所を一歩ずつ確認しながら進むことしかできないと考えていた。一人ではない様に感じていたのは、車が走り抜けていく音を聞いていたし、子供の声、その子供の手を引くお母さんの声は耳に届いていたのだ。しかし、見かけることはなかった。それらの姿を見ていなかったし、そもそも今見ているこの森の光景は果たして見えているのかという疑問が彼を襲うのである。ここはいつも歩いているあのアスファルトの道であり、信号待ちをしている間に目に入るのは、新聞屋さんと配達用のバイクであるし、そこでたむろしながらタバコを吸う男たちかもしれなかった。あたりは一変し、彼は道にたどり着いた。信号待ちをしていた。信号を見ていなかった。待っているのかはわからなかった。とにかく信号を渡り続く道を歩く。猫が通りすがるのだが、警戒しながらも彼の足元を何の気無しに素通りしていく。駐車場では猫が生活するスペースが確保されており、時にバイクの上や、階段の下、駐車している車の周りをうろうろしている。猫たちには定期的に餌が支給される様になっていて、すっかり生活には困っていない様だった。気づけば4匹猫がウロウロしていた。彼は新しく出来たコーヒー屋さんに立ち寄った。コーヒーは飲まなかった。1階はカフェスペース。2階は革製品を扱った店になっている。彼は革製品を眺めてその匂いを嗅いでいる。新品のかわから漂う独特な匂いだった。彼は部屋に戻っていた。自分のアトリエにいた。アトリエには油絵の匂いが充満しており、さっきまでもこの匂いは充満していたはずだったが、まったく気づいていなかった。彼は窓を開けて換気をしていた。少し頭も痛いと感じていた。窓辺に腰をかけ、外の空気を吸う。1日部屋にこもっていたからか、空気が美味しいと感じられたし、空気に感謝した。鎌倉の空気は緑の、森の匂いが混じっている様に感じられて、彼はその匂いに連れられて旅に出ることが出来たのだ。香ってくるその漂いを追いかけると彼は出来立てのドーナツの香りに包まれていたし、揚げたてのポテトチップスをほおばっていた。テープの剥がす音が突然耳元でなり始めて、彼はダンボールをつなぎ合わせる作業を延々と繰り返していた。時に表面を剥がし、傷物の様にする。そうしなさいと言われたでもなく、その印刷された何者かの痕跡を捨て去ろうとした。丸裸にしたかったのだ。ダンボールを裸にすることで、もう誰のダンボールでもなくなってしまうその瞬間に出会いたかったのである。彼にとってはダンボールに印刷されたそのプリントは所有された何かを示す様で恐怖にすら感じられたのだ。またヘリが飛び交っており、家がゆれほどまで近づいていた。頻繁にヘリが飛び交う様になって数日が経った。何か嫌悪感を感じていたし、これは数日ではなく、もう何年も繰り返される無言の圧力だったのだが、誰もそのことを問い詰めようとはせず、これも日常の一部であると完全に溶け込んでいる。彼にとってはその異常なほどの音がどうも普通ではないし、恐怖と感じずにはいられなかったのである。それなのにトンビはいつも通り食べ歩きの客を狙っては華麗に舞い降りてくるのだが、ヘリとトンビの違いについて語る余地はない。「空を飛ぶのにそんな頑丈な物質を纏うなんてどうかしている。そんなことしたら俺たちはどうする。武器は前面に押し出すものじゃない。少しでいい。あとは柔軟であるべきだ。俺たちでいうとこの嘴がその武器だ。決して何かを傷つけるためにあるのではない。ただ生きるために嘴がある。これは俺たちが長年かけて作り上げてきた兵器であり、知恵の結集だった。俺たちはそうやって変異、変容を繰り返す。その時代に合わせて体を作り変えていくのだ。生き残りをかけた戦いである。己との戦いだ。自らの生命を維持、種族の生命を維持。そのための嘴を身につけて俺たちは飛び続ける。高く舞い上がるのだ。その硬い巨大な騒音機械とはワケが違う。一緒にしてはいけないのだ。最初は俺たちと同じ気持ち、感覚を味わいたいという、好奇心からであったその硬い巨大な騒音機械は次第に概念を変えていった。現在は威嚇の道具、警戒の印、争いの一部として俺たちは見て取っている。これも時代に合わせて作り変えていると言っていいのかもしれない。俺たちは否定はしないが悲しんではいる。止めようとはしないが、哀れんでいる。自らが気づくことでしかその誤った変化は止まらないからであり、それを俺たちがとやかくいうことではない。しかし態度としての警告を続けている。口にはしないが、その態度としての振る舞いを俺たちは遂行するまでだ。」キャリーバックを転がす音が街中に鳴り響いていた。まるで空港の様にキャリーバックが進んでいく。大きさは様々だった。ここは鎌倉であったはずだが、大きな空港にいた。飛行機の数はそんなに多くなかったし、あるのはヘリがほとんどだった。スチュワーデスの様な格好をした女性が何人も歩いている。姿勢が良く、足が細い。規則正しく、何の過ちもないように足が何本も動き回っている。右左と、並列して歩くその女性たちの足は軍隊の様に揃っていて、自分の意思ではない何か正しさ、誤った調和のようなものが充満している様に感じ、居心地の悪さからか彼は嘔吐していた。持っていた袋に戻してしまった。彼はトイレにいた。洋式便所に頭をかけてうなだれていたのだ。空港のトイレかもしれなかった。綺麗に清掃されていた。白い壁に一枚の絵がかけられていた。赤い花の、一輪だけ描かれた絵画であった。整ったその絵を見て彼はその対照的な姿に嫌悪し、また嘔吐、そして気づくとまた意識は遠のいていた。

 

 

f:id:mizokoji:20171114113931j:plain

マーマレードといちごジャムをのせてパンを食べる。

甘酸っぱさのダブルパンチが好きです。

 

--------------------------------------------------------

溝井孝司(Koji Mizoi)

連絡先:mizokoji@gmail.com

Twitterhttps://twitter.com/kojimizoi

Instagramhttps://www.instagram.com/kojimizoi/

--------------------------------------------------------