創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171122

額装

 絵の額装をお願いしに新橋の月光荘エムゾへ。先々月行った展示のご縁で絵が手元から旅立つことが決まりそのための額装。こうやって1枚1枚人の手に届いていくことはとても嬉しいことなのだと実感する。最近、東京へ出る機会が増えているがあえて土日、祝日だけ行くようにしていたが今回は平日。やはり電車の感じが苦手である。何かせかせかしたような時間の流れを感じてしまうのだ。行きは座れたので「森の生活」という本を読みながら新橋へ向かった。みーさんと一緒に移動していたのだが、みーさんは僕が座った向かい側に座っていた。何か考え事をしているのか目を上に向けたりしていた。僕はそういうのをつい観察してしまうので、時折目があうとそれでもふざけながら真剣に考えてiPhoneにメモを取っているようだった。あとから聞くと仕事のことなどを考えていたようで、どんなことを伝えればいいか、どんな風に伝えればいいかなど、人と関わる際にどうしたらそこに集まった人たちがより良い時間を過ごせるのかを常に考えている。みーさんはパフォーマーでありながら、ファシリテーターとか、最近は自分のことを社長と言ったりもするのでもはやなんでもこなしてしまうキャリアウーマンのようであるし、僕も人とのコミュニケーションはみーさんにお願いしてしまうことが多い。「あなたは勢いでなんでもやってしまう」と笑いながら言われたことがある。自分のやっていることだと尚更なようで、少し客観的な目線でみーさんが間に入ってくれたりすることはありがたいことなのだと思える。電車には私立の小学生がいることが多いように感じる。旅行席と呼んでいる向かい合わせに座るボックス席で私立の制服を着た女の子2人と若いカップルが一緒に座って仲良く会話をしていてい、それがなんだか良いなと思う。微笑ましいというか若いカップルの二人がなかなか良いテンションなので子供達も楽しそうなのだ。気さくな雰囲気というのも大切だななんて思ったりする。話を戻す。額装を決めて、後日受け取りのお願いをしてお店を後にする。店員さんとのやりとりについてみーさんと一度話し合う。店員さんの対応ではなくこちらの対応がどうだったかということ。お互いにその瞬間の価値観というのも違いがあり、話し合ってみると面白い。結論、みーさんはその場に当たり前に存在する関係性を変えること、崩すことが好きであり、いたってみーさんは自分の思い通りに自由にやりたいように遊べているのでその結果どうなったかはあまり気にしなくて良いことであると思えた。その瞬間にやりたくてやったことが空気を険悪にしてしまうこともあるかもしれない。それが僕と意見が違うこともあるのかもしれないのだが、それは大した問題ではなくその空気の中でどうやってそこに存在している人たちでより良い、思いがけない空間を作って行くかなのだと思えていた。この場で言えば新しい関係性を築こうと行動したみーさんはやはりすごいことなのだと思えて、僕はあまり関係が変化して行くことが実は苦手であるような気もして、勉強になる。

 

散歩

 新橋駅できのぴーと待ち合わせをして麻布十番まで歩く。40〜50分ほどの道のり。以前僕が展示したミサキドーナツのライブ時に合間で歌ってくれて、それ以来。その時のきのぴーの歌がすごく評判がよかったのでそのことを伝えたりしながら歩いた。きのぴーは数字に強いので、溝井家専門の税理士としてお願いするかもしれないと伝えた。こうやって実は話してみると意外な特技や趣向のようなものを発見できる。それが自分たちに足りないところであったりする場合があるのだから、補い合うことができるとも感じる。芝公園付近に到着すると東京タワーが見えてくる。みーさん曰くおおまかに3色のオレンジで構成されているとのこと。途中、排気口のようになっている地面から暖かい風が出ていて驚きながら温まる。浴びてよかったのかと不安になるのは大人の考え方なのかもしれなかった。向かう先は麻布にある麻布グレイスゴスペル教会。到着直前に坂道に襲われる。「腿殺しの坂」ときのぴーに命名される。新橋から歩いてきた最後の坂道はなかなか過酷である。近辺は坂が多いようで暗闇坂とか様々な坂があるようだった。

 

コンサート

 教会なんてあまりくることがないから新鮮だった。お友達はーちゃんのコンサート。ご夫婦での出版が決まりその記念のイベントだった。はーちゃんの明るく天真爛漫な姿が何よりもカッコ良いと思えた。気取ることなく等身大で舞台の上に立ち続けることが出来ること、そのスタイルが僕は好きであるのだと思った。はーちゃんのオリジナル曲である「どきどきっ」という曲を会場にいる人たちも一緒に歌うことになったのであるが「大好き あなたが 大好き」と歌うのである。このシンプルな言葉をはーちゃんのピアノに合わせて歌った時、身体中に鳥肌が立った。このシンプルな言葉がなかなか日常だと遠くなってしまうのである。僕は思考があっちこっちと忙しいのでそれを流し出すために今もこうして書くという時間を持ち続けているのだが、あのシンプルな言葉を口ずさんだときの体の痺れは何よりも健康的で、その素直な言葉を書くことのできるはーちゃんの人柄が素敵だと思ったのだ。誠さんの歌声も力強くて好きだった。マイクのない生音だけの空間は僕に取っては気持ちの良いものだった。天井が広い空間に広がる音は何か体全体を包むようで、歩いてきて少し疲れた体を緩めてくれるような気がした。最近音楽を聴いていると体が緩んで行く感覚を覚える。僕がライブで歌った時も体が温泉みたいにポカポカして緩んだと言ってくれた人がいたのだが、まさに歌を聴くこと、音楽を聴くことがそうやって体全体を緩めてくれるのだとも思えた。先日クリスタルボウルを聞く機会があり、その時もそう感じていた。体を動かしたり、少し踊りたくなる。コンタクトインプロの影響。その音と触れ合いたくなるような感覚なのだ。そういう効果をもたらすことのできる音楽のできる人が好きだ。緊張させるために、規律を守るために音楽をするわけではないからだ。僕はどうもミュージカルのようなパフォーマンスを見ると、どこか違うもののような気がしてしまう。とはいえ雨に唄えばなんて結構好きだったりするのだが、何か作ろう作ろうとされたその不自然さが僕は少しうまく入り込めなかったりするのである。その点、はーちゃんと誠さんは着飾ることもなく、自然体で、ありのままで舞台に立つ勇気のあるかっこいい人に思えたのである。「ありのままの〜」なんて歌っているのにありのままじゃないなんて僕には悲しい現実に思えてならないのだ。

 

 

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自信のなくなることを頑張ろうとするより、自信出ることやる方が健康的である。

 

書き方が変わってくるとこれまで書いていたものを全て消したくなってしまう。

これまでも実際に何度もブログ消しているのだが。

書いている内容よりも、その過程、行動を記しておくことが大事なので残しておくようにしたい。

 

僕なりのブログの使い方でよいのである。

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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