創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171127

森での生活

 「森の中で生活するような暮らし」と言ったようなことがみーさんから出てくることがあり、どことなく溝井家のテーマになっているような気がしている。それは寒い場所でも工夫しながら暮らす、アイディアを出し合いながら暮らすということなのかもしれない。鎌倉にある今の家にエアコンは付いていない。僕はエアコンなしで生活することなんて初めてだったのだが、やってみると案外冬を越すことが出来た。それでもやっぱり寒かったし、僕の場合は外的な影響を感じなくなってしまう時があり、寒くても薄着でじっと耐えてしまうことがある。なぜか寒いはずなのにその感覚を無視してじっと目の前のことに集中していたり、それとも動くことがそれほどまでに面倒なのかがもはや分からないが、服を重ねようともしないし、とにかくそういう癖があるのだと分かってきた。冬の寒さをしのぐとなると基本はやはり、衣食住なのだと思う。最近家の中でよく話題に上がるのが衣と住についてだ。家に関しては窓が多いのでそこから隙間風が入ってくることが寒さの要因になっているようだ。これまでカーテンがなかったので、僕の作った布をカーテンにしたり、ダンボールなんかを使って風を通さないようにするなど、この辺りはみーさんが知恵を働かせて寒さ対策を行なっている。今家にある暖房器具と言えるものは、みーさんの家から持ってきた炬燵、僕の実家から貰った空気清浄付きのヒーター、そして湯たんぽ。今年になり炬燵の電源を繋げることはなく、湯たんぽを炬燵の中に入れて寒い時は生活している。これで十分炬燵の中は暖かくなる。ヒーターは室内で活動している際につけることが多い。1日中付けっ放しということはないので、電気代もそこまで食わない。とはいえ、今月払った電気代は1,000円ほど上がっていたので、やはりその分は上がっていると実感する。

 

衣服

 そうなってくるとやはり衣服の役割が重要になってくるようだ。そこで白羽の矢が立ったのがユニクロのウルトラライトダウンだ。実は昨年も買うか買わないかをユニクロまで行き、その場で談義が繰り返され、結局持ち越しになった代物だ。みーさんはもう4、5年ウルトラライトダウンに毎冬悩まされているようだ。僕とみーさんはユニクロのウルトラライトダウンを目指して藤沢に向かったのだ。そして、まずはウルトラライトダウンをみーさんが試着する。その間僕は店内をウロウロ歩き回り、戻ってみるとみーさんは紺色の襟なしまで決めていた。僕は店内を歩きながら「買わなくて良いかも」と思ったので、その旨をみーさんに伝えた。それでも試着だけしてみるということになり、着てみるとやはり暖かい。しかしここで二人の間に浮上していた問題というのが、毎年毎年ウルトラライトダウンを試着はするのだが「心が踊らない」ということであり、みーさんはウルトラライトダウンの機能性に白羽の矢を立て続けているが、着てみるとどうしても「心が踊らない」ということに悩まされていたのだ。そして、一度ウルトラライトダウンを元あった場所へ戻し、少し離れた場所でみーさんとウルトラライトダウン談義が繰り返される。一度店外へ出て、無印に行ってみることにしたのだ。どうしてもウルトラライトダウンに心が踊らないなら、他のお店のウルトラライトダウンに似たものを見てみようということだ。無印に着くと、やはりウルトラライトダウン的な商品は存在していて、見栄えもほとんど変わりはなく、どこのお店でも同じようなものが並んでいるということに改めて驚くのだが、ここでも結局、心が踊ることはなく、今年も白羽の矢が立てられたウルトラライトダウンを購入するまでには至らなかったのである。理由としてあるのは、現状のあるものを工夫すればもっと暖かく過ごすことができること、そしてみーさんに至っては寒いのは上半身ではなく、下半身、特にお尻周りであり、毛糸のパンツが欲しいかもしれないなんてことを言っていた。僕は本当に必要であるのか、本当に欲しいのかを十分に自分の感覚を感じられる時間を持ちあえることは大変ありがたいと感じていて、そうでないと僕は本当に欲しいのかどうかも分からず、実際に使うかも分からないのに、浪費だけしてしまうような気がしてならないからだ。結局行き着くのは今あるものでどうやって工夫し、活かし、生活し、生きていくかということである。

 

消費と浪費

 僕がみーさんにユニクロに行くなら藤沢に行こうと誘ったのは、以前ビックカメラMacBook Airさんの充電器を買いに行った帰りに疲れ果て、お腹が空きその勢いで、ラーメン屋に入ったからだった。そこでラーメン屋さん近辺で使えるクーポン券をもらったのである。ドトール、たい焼き、サーティーワン大戸屋など割と使えそうなクーポンだったので、ユニクロに行って疲れるだろうから休憩がてらカフェにでも行ってこのクーポンでも使いましょうという次第だ。僕はどうやらこのクーポンを大変嬉しそうに握りしめ、線に沿って綺麗に切り分けていたのだ。そんなに嬉しそうにしている僕に誘われたものだがらみーさんは「あなたクーポン好きなのね」と笑いながら言っていた。僕は思い返すと確かにクーポンというものが好きであるという事実が浮上してくる。高校生の時、限られたお小遣いの中で学校帰りにマックへ行くのだ。すると期間限定のクーポンをもらえたりする。このクーポンというのは僕の固定観念を覆す代物で、当時の僕にとってお店で売られるものの価格が変わるはずのないものだったから、マックの商品が、このペラペラな紙切れ一枚で安く手に入れることが出来る魔法のクーポンと化していたのだ。僕はその頃の喜びを未だに握りしめ、嬉しそうにクーポンを使うおうとしているのだが、結局それもまた経済活動の一環であり、消費を促す波にまんまと引っかかっているのだ。こういう感情をひとつひとつ冷静に読み解いてあげることも重要なのである。確かに僕はクーポンを使うことが好きであったが、それは今もそうなのかと言われればそうではない部分もある。捉えようによってはお金を無駄遣いしている、ただ小さい浪費を積み重ねている張本人であるのだ。「世の中にはお金のない人間からお金を巻き上げるシステムが存在する。それがクーポン券だ。」と、今僕の頭の中にそんなキャッチフレーズが流れ込んできている。しかしである。しかし、たい焼き好きの僕がクーポンでちょっと安くたい焼きを買い、手にするという一連の行動は"クーポン好きの男の子"を喜ばせていたというのもまた事実であり虚構なのである。

 

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今日はキャンパスなど調達出来たので、進める予定。

あとは新しい布の整経する。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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