創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171206

自己矛盾

 「私は自己矛盾しているんです。あなたにかけた言葉も、私が書いていたあの言葉も本当は何もかも誰かに当てているようで、私自身への言葉であるのですから、その警告を私は受け取ることが出来るのでしょうか?その警告を素直に、抵抗することなく受け入れているでしょうか。私はまるで何もかもをわかったような顔で、今手紙を書いていました。それは少し前のことでしたし、私は机にしがみついていました。そこから出来るだけ離れたくなかったのです。それは怖いからです。そう怖いのです。何もかもが怖いのです。歩く人々、走る車、吠える動物。私の行く先を阻むものたちに私は怯えているのです。私はきっとそのことをまた違ったように認識するでしょう。それらはすべて私の力になってくれる存在であると。それはメッセージだと、天から、神からのメッセージだとそういうのです。私の守護神は天使さんなの。だから大丈夫なのよ。いつの日だって天使さんが私を助けてくれるし、必要な時に手を差し伸べてくれる。これが私と天使さんの関係なのよ。ふふふ。可愛い天使さんでしょ?あなたにも見えるかしら。この天使さんに性別なんてないのだから。確かに、ペニスが見えるかもしれないけれど、それで男の子だなんて判断しないでほしいわ。これは私の天使さんよ。私を守るために存在する天使。」そういうって持っているぬいぐるみを差し出すのだ。女の子だった。私はまた性別を判断する。女の子であるのだが、それを女性と決めつけることはできない。それでも見た目を用いて私は女の子と判断を下すのだ。独断と偏見によってだ。男だ女だとか、子供だ大人だとか、それはあくまでも見た目の話でありまして、その判断を下すには細やかな観察と関係性が必要であるのだが、私はすぐに何もかもを分かったような口調で、知っているかのような口調で語り始めるのですからたまったものでありません。私がそう考えている間にも、女の子はそのぬいぐるみを手に、この広い草原、山々のある高原。走り抜けるのである。私がいることも知らずに、私がいるとは認識も、知覚もされず、女の子は風に向かって走っていた。

 

ノート

 「彼はね、どうも私たちが踊る姿を見て興味がなさそうな顔をするの。もちろん口では言うのよ。すごいねだとか、カッコいいねだとか。そういう当たり障りのないことを言うのよ。それなのに彼の関心はいつもあの白いページに描かれる絵にあったの。私たちの踊りを見ているようで、どこか興味がなく、彼とは共に同じ部屋に存在しているようには感じられなかったわ。それでもよく遊んだし、サッカーやかくれんぼ、色鬼だとか、缶蹴り、ドロケイだってやったわ。そういう時間を共にしているのに彼は私たちに本性を明かすことはなかった。いつだって明かす先はそのノートの中だけだったのよ。彼は秘密主義者だったわけじゃないわ。ただ照れ屋だったのよ。恥ずかしがり屋だったから、私たちと話をすることも緊張している様子だったし、彼自身はそれを隠せていると信じているようだったけど、私たちには分かったわ。かといって彼を除け者にはしなかったし、仲間はずれにもしなかった。彼がこちらへ来た時はもちろん一緒に遊ぶことにしたし、それを拒否する理由は何もなかった。だって私たちは彼のことを愛していたし、愛おしいと思っていたわ。だから全ては彼に委ねていたの。彼次第だったのよ。彼が内側へと潜り込むか、少し外へ意識を向け私たちの存在に気づき、手を取り合って過ごし、そして子供ながらに遊ぶことを考え、遊びを作り出すか。」結局彼は自らの内側へと潜り始めていた。彼女たちはそう感じ取っていたし、それを無理に引きずり出そうともしない。そんなことを他人が無理やりやるものではないと悟っていたのだ。その間彼は、真っ白のノートのページを鉛筆だけで埋めていった。そこにはどこか爪痕のような、壁画のような、少し削れていた。「私たちは眺めていたの。傍観していたわけじゃないわ。見守ろうと決めたのよ。彼が本当に困った時、抜け出せなくなった時は私たちから手を差し伸べてやろうと決めたのよ。きっと彼から助けを求めることも、果たして何に対して助けを求めるべきなのかを分かっていないし、その言語も彼は持ち合わせていなかったから。」

 

 布が一枚織り上がる。洗いにかけて縮絨する。糸を重ね合わせると1本では出なかった絶妙な色合いが現れることがある。彼はその色を発見するために手を動かしているのかもしれなかった。布を作ることではなく、これは色彩の発見や、研究なのかもしれず、それは結局絵描きとしての糧になるのだろうか。それでも手を動かすことで布が出来上がることに喜びを感じていたし、また線に取り組み始めていた。彼は肩書きを求めなかった。ただ実直に内面と向き合い続けることだけに取り組むのである。その過程の中で都度生み出されるものが、彼にとっての日記であるのだから、日記は文字だけのものでなく、様々な方式によって記述される。それが糸の絡みあり、鉛筆の筆跡であり、絵の具の混色だった。それは場合によってはその瞬間だけ記載され、形が残らぬものとなってしまうこともあるのだが、それでも確かにそこにいたはずの、存在していたその経過を彼は皮膚で記憶しているし、今も鮮明にイメージとしてではなく身体的な反応として映像を作り出すことに成功していた。この連続でしかなく、彼はこの連続の中に身を委ねていた。1日で終わるのではなく、眠りから覚めた時、続きが始まるのである。これは夢と現実を織り交ぜた長編小説のようなもので、経糸と緯糸が絶妙な色合いを見せることで、物語は構成されていく。縦糸が現実だとするならば、最初に決められた色合いを元に構成されていくのだろう。時折変化を加えることも可能だし、切り捨てることもまた可能だった。夢が緯糸ならば様々な変化を生み出すことができるし、それは記憶のストックのようなもので、そのストックをツギハギすることで、またあらたな光景をブリコラージュすることが可能だったのだ。それは色彩としても現れるし、質感、肌感覚としても刻まれるものだった。彼はその変化を、経過を、観察している。糸と糸との絡みを目撃する。それは一つの過程であり、完成ではない。何もかもが完成することはない。いつまでも不完全である。完成したかと思えば、また新たな創造の芽が表出するのである。我々はその渦中にいる。もうその中に存在しているのだ。

 

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朝の冷え込みが厳しい。

太陽が入り込むと暖かくなってくる。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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