創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171210

見返す

 「僕は思うんだよ。」Kが言った。「僕が思うにはね、見返すことだとなんだよね。君たちが作り上げてきたものを改めて見返すことなんだ。そこに何がある?そこにあったものを今はどう見ることができる?捨てるべきものと、捨ててはならないものがある。そこを履き違えてはいけない。君たちを癒してくれるものはなに?穏やかにしてくれるものは何?感動させてくれるものは何?それは自分から生み出していないかい?見返して見たらいい。君たちがこれまでしてきたことを見返すことだ。読み返すことだ。今、感じてみることだ。それでいいんだ。そうやって味わってみるんだ。」

 

忘却

 彼はすっかり忘れてまう。自分が口にしたことだとか、自分がどんなものを作っただとかそういうことをすっかりなかったものにして、また空白、何もないとうな垂れるんだ。常にそうしてる。いつもそうなんだ。忘却してしまう。悪気はない。積み重ねているはずのものが、何も積み重なることはなく、消え去ってしまい、もう遠い記憶のようになってしまう。そのくせ昔のことは鮮明に思い出しはじめるのだ。より鮮明に、感情までも。そうやって縛られている。縛り付けられている。自分でだ。これも彼自身の主体的な行動によって縛られているのだからどうしようというのだろうか。これは否定ではない。観察である。ただ眺めている。私の役割。見守っているわけではない。ただの観察である。趣味嗜好だ。ただそれだけの理由で長年連れ添っているだけだ。飽きたらまた次へ行くだろうが、飽きさせないことが上手な彼に私はすっかり白羽の矢を立て続けているのだからこれは彼の思惑通りなのかもしれない。助けて欲しいと言いながら、それすらも拒むのだ。裏腹なのだ。言葉に騙されてはいけない。その言葉から感じ取れるのはあくまで表面的な物で、隠蔽されているものを発掘、発見することだ。決して、逃れようとしてはいけない。そのことからは逃れられない。ただ代償は大きい。苦しみを代償と履き違えてはいけない。彼が笑顔でいることが、世界にとって必要なことだった。単純なことだ。これは彼だけのことではないし、彼の隣の、その隣に至るまで、延々と続く対話なのであり、終わらせる気もなければ、終わることもないのだろう。永遠に続く営みのようなものだ。その間もただ静かに時は流れるし、布団を用いて作りげられた新しい座椅子は、冬を過ごすにあまりに快適で暖かかった。その温もりの中で何を感じることができる。冷え切った体では、正常に、穏やかに物事を判断することなど出来ないだろう。体は冷えていないか?体に無理はしていないか?体を我慢させていないか?強いのではなく、我慢強いだけだ。彼は教育にて学んだことは我慢強さであり、それが良くも悪くもいまも癖として、体に残っているのだ。彼のしてきた我慢強さは、それはその代償として何らかの結果を求めるということであり、果たしてその我慢の連続の結果、彼に結果は付いてきたのだろうか?確かに、何も残らなかったし、実績も生み出していないのだろう。何もなかったのだ。積み上げてきた先には何も残らなかったのだ。彼はまた回想を始めているし、止めようともしない。止まる必要もなかった。あの河川敷は水はけの悪いグラウンドだったのだ。

 

難癖

 「人と関わるなんてろくなことがない。」Mが言った。「だってさ、なんだって難癖つけて来るんだよあいつらは。無言で睨みつけてくる奴だっているし、嫌味を言う奴だっている。時には罵声を浴びさられたり、発狂、暴力。そういうことが繰り返し目の前で行われ、その渦中に飲み込まれるんだ。それを見てどうしろと言うのだろうか。ただ俺は目の前のことに集中していただけだし、人に興味なんてなかったんだ。それなのにあいつらは興味を引こうと必死になってくる。その子供らに構っている余裕なんてなかったし、あいつらは人間じゃないとすら思ったね。なんで俺は俺のことに集中しようとしているのに邪魔ばかりするのかわからなかったよ。これは俺の言い分さ。俺の声に耳を傾けてくれ。俺の情報を精査しないでくれ。検閲せずただ聞いてくれればいいんだ。俺が欲しいのは意見やアドバイスじゃないんだ。ただ俺に語らせてくれ。それで十分なんだ。あの時の行き場のない怒りと悲しみをただ語らせてくれと言っているんだ。どうして俺だけあんな目に合わなくてはいけなかったのだろうか。どうして。それでもそれでよかったのだろう。立ち止まるきっかけになったのだ。俺は運動が得意じゃなかった。ただ好きだった。だから続けていただけだ。やめた途端に何もかもがなくなってしまったんだから、露頭に迷うことが普通だったし、だからって何もそれが悪いことじゃない。ただ戻ってくるべきはあの家の中の光景だったんだ。初めて友達が出来た時の感動だったんだ。そこに歪みや僻みは存在していたか?何か罵声を、怒号を浴びせていたか?あれは何だったのだろうか。俺は未だに困惑しているし、解決できていない。あの3年間だ。そのことを俺は語っているし、未だに縛られているのだ。どんなに鎖が解けたと思ってもまたそこに繋がれてしまうのだ。逃げ出すことは出来ないのだろう。それでも何度だって逃げ出すのだ。あの恐怖から、そしてまた戻って行くのだ。もっともっと俺は子供だったし、そこにいたからだ。ただ実力がなかっただけだ。自分自身で実力なんて測ることができるのだろうか?ただ自分で見切りをつけただけだ。諦めただけだ。苦しみに耐え続けてきた。もう耐えきれなくなった。それだけのことだった。それ以上何を模索する必要があった?体が動かなかった。軽快ではなかった。いつも重苦しく、どんよりとしていた。まるで自分の体ではないみたいだった。あの頃の軽快に、自由に走り回っていた体はどこへいったのだろうか?それでも結局その時からどんな風に見られているだとか、どんな動きをしているだとかそういうことばかりが気になっていたのだから、どういうことなのだろうか。こんなつまらないことを書いてどうする気だ?また俺は俺を問い詰めようとするんだ。解決策は見つかったのか?どこに行く気だ?もう終わりにするのか?俺はまだ語れる。俺にはまだ語る権利がある。」

 

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今日は公募展に出展する絵の搬入をする。

また体が重たい感じが続く。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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