創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171216

描写

 「外側を描写することだ。」Kは言った。「外側には何がある。今君を取り巻いている、物、音、空気、触感などを含めて、何もかもをどう捉えているかだ。君はあのヘリの防音に嫌悪感を抱いているし、そのことが普通であるこの状況に疑問を抱いている。子供の声が聞こえてくるのだから、君はもう週末であることを察知するだろうし、自分自身もあの声の中にいたと思い始めるだろう。君もあの中に居たんだ。あの声の一部だった。」

 ドアを叩く音がした。起き上がることはできない。最初にやってくるのは恐怖だった。ドアを叩く人に対してではなく、その音にこの環境に恐怖を抱いた。ドアまで辿り着くことはなかった。叩く音が鳴り止むのを待っていたが鳴り止む気配はない。声をあげようとはしない。何者か名乗ろうともしないし、名乗る気もなかった。部屋の中には子供の声、そしてドアの音、時折鳥の鳴き声や、羽音、靴音、鼻をすする音が混ざり合う。それ以外は静かであった。相変わらず何もかもの音は入り乱れて、調和しているようには思えなかったが、それでも静かな一部分を察知し、そこに居座ろうとすることができた。そうかと思えば、車は走り抜けて行き、私の前に止まった。私は手を挙げていた。「東京方面行き」という看板を掲げていた。私は止まった車の後部座席に乗り込んだ。運転していたのは40代の男だった。私は「ありがとございます。」とお礼を伝えたが、男はうなずくだけで何も言わなかった。幾分か気が楽になった。何か、車内を盛り上げるために頑張って喋ろうと考えていたから、気が抜けたのかもしれなかった。正直、車に乗れさえすれば行き先はどこでもよかった。

 

 僕は助手席に座って居た。運転するのはいつも決まって父だったが、車の中はなぜか眠気を誘う。僕は決まって助手席に座り、しばらくするとそのまま眠りに落ちた。

 彼に今襲いかかっているのは何かしらの緊張感だった。どこへ行くのかもわからない不安と、その車内に乗り込んで平気だったのかという不安だ。不安が襲っている。これもまた自らが作り上げた幻想に過ぎなかったが、そんなことはもう重要ではなかった。もうすでにその渦中にいるからであり、この先一体どうなってしまうのかなんて、予想することはできなかったのだ。彼はその緊張からかすっかり目を覚ましていた。もうすぐ目的地に到着してしまう。そこに到着してしまえば、もう逃げ出すこともできず、ただ言われたことに従うことしかできなかった。牢獄のようなものだった。どうしてこんな場所にわざわざ自らが来てしまうのか、彼には理解できていないし、それなのに週末には決まってこの牢獄へと、しかし広いグラウンドの中へとやってくるのである。

 

可哀想

 「どうしろというの?一体どうすればよかったの?私には止めることはもうできなかった。何度だって止めようとしたし、実際に止めていた。あなたが通っているのは少しおかしな場所よ。あなたがいるべき場所はあそこではないように私は思うの。だからお願い。どうかあなたらしい姿に戻って欲しい。私はそう泣きながら訴えていたのに伝わることはなかったわ。届かなかったの。だけど今思えばそれは大きなお世話だったのかもしれない。私の母性だったの。親心のようなものよ。私がどうこう言ったって、可哀想だと嘆いたって、本人は自らを可哀想だなんてこれっぽちも思っていなかったんだから。彼は彼なりの方法で何かを乗り越えようとしていたのかもしれないわ。私にとってのそれはとても暴力的で、自棄になっているようにしか見えなかった。確かにそうなっていた。私から見てではなく彼自身がよ。あなた自身がよ。それでもそれはあなたの一過程に過ぎず、私がどうこういうこともできない。私が出来ることはあなたを待つことだけよ。あなたが自ら気がつき、自ら新たな道に進もうとすることを受け入れ、その話を聞き入れ、後押しし、時に共に考え、必要な時に必要な分だけ手を差し伸べることなの。それ以上も以下もないわ。過剰ではいけないの。私を過剰摂取してはいけないわ。命取りになる。しかしそれすらもまた私の余計な心配なのかもしれないわ。あなたはあなたが赴くままに生きることしかできない。私にそれを止める権利は何もないの。そのことはあなたも重々承知しているはずだわ。私もそう。私も十分すぎるほど理解しているつもりよ。可哀想だからとそういった目で見ている私自身が共犯者なんだわ。あなたは可哀想ではなかったし、むしろ立派な人だわ。私はそのことを伝えようと思いながら、もう何年も何年も声に出すことが出来なかったの。あなたは素晴らしい人よ。自ら乗り越え、何度だってあの壁に立ち向かうわ。それを可哀想なんてどうして言えるのかしら。あなたは立派よ、そして素晴らしいわ。」

 

シェルター

 僕はすっかり安心しきっていた。不安ではなかった。あの暴力も、あの幻想も、あの強制も、あの牢獄も。そこにあったのは憂鬱だったのか?絶望だったのか?それでも希望を見出していたようだった。しかし少しやり方が残忍だっただけだ。分からなくなってしまっていただけなのだ。いつの日もコントロールしようとするのはあいつらだった。それは僕の中にも確かに存在していたし、消し去ることはできなかった。決して消えることのないその存在は、大きく大きく成長を続け、僕の中で確固たる地位を築き上げようとしていた。しかしそれはいけなかった。権力を握らせてはいけなかった。決して従ってもいけないし、鵜呑みにしてもいけなかったのだ。事情があった。背景には事情がある。しかし事情すらも受け取ってはいけない。はっきりと断ることだ。僕には必要のないことだと。行き先に惑わされてはいけない。辿り着いた先でもきっとまた、同じように、僕を試すような出来事が起こるのだろう。きっとこれまでと同じような出来事が、何度だって試験のように現れるのだろう。そんなことに恐れる必要もなかった。ただ何度だって立ち向かい続けることだった。決して臆することはなかった。そのために何度だって逃げ出したのだ。逃げながら立ち向かっていた。結局また曖昧な、どちらでもない世界に迷い込むのだ。その世界に不便なことはあったのだろうか?どちらだっていいことなのだ。ただ耳を傾けることだった。外にその鍵は隠れている。そこから紛れ込むのだ、溶け合うのだ。そこにある。その中にシェルターは存在している。避難せよ。その中へと。そこで闘うのだ。誰とでもない、何者でもない者との対話である。

 

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今日は部屋の掃除をする日。

昨日はフンデルトヴァッサー先生の誕生日だったのでお祝いした。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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