創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171226

皮膚

 昨日までは確かにここにいたはずだったのに、もう行ってしまったのね。立ち止まろうとはしない。あの人はいつも立ち止まろうとしない。ただ停滞する。必要だから停滞していた。動きながら停滞している。じっとしているわけでも取り乱しているわけでもなかった。去っていく。あの人は去っていく。道端で顔を出す。あの草原。ハルジオン。草原であの人は踊る。呼吸する。酸素を取り込む。極限まで息を切らす。倒れる、意識が飛びそうになるその時まで解放してはいけない。あれは苦しみ。「下を向くな」と罵声が聞こえていた。どこで?誰が言ったの?でも確かに聞こえた。「膝に手をつくな上を向け、いいから上を向け。」いっそ倒れ込みたい。もうこの草むらに身を隠してしまいたい。名前もわからない虫。小さな小さな羽のついた。あれくらいでいい。できれば見つからないほどの大きさでいい。私はあまりにも大きすぎた。遠くからでも見えすぎてしまう。隠れることができない。だから聞こえてくる。

 灯台だった。私たちが照らしていたのは、あの先に見える一軒の家だった。どうやら居住用ではなさそうだったが、人の出入りは多かった。宿だったのだろうか?しかし誰も管理しているようには見えなかった。公共の家なのだろうか。ここはきっと夜も暗くなると歩くことは難しいだろう。足元を照らす灯りが必要だったのだが、それよりも杖先で感じる足元の質かにゃ、足裏から伝わる鼓動を受け取る。ガサガサと動く野生動物に耳を傾ける。決して私を狙っているわけではない。きっと逆だろう。狙われていると感じているのかもしれない。しかしこちらにその意思がないと伝えれば彼らはまた日常を取り戻す。敷き詰められた葉の絨毯。踏み心地を私はこれまで知らずにきたのだ。あの硬い、いびつな車用の道。どうも私自身が歩くために備えられた道ではないように思えた。あの硬い道でどうして、柔らかい気持ちを、温かい状態を保つことができたのだろか。塗り固められたその下にある命について思考せよ。声に耳を傾けよ。去り際にうなずく。大きく1度だけ。それ以上は必要としていなかったからだ。また夜が明ける。この道にあった感触はあの光とともに消え去ってしまうのだろうが、きっとまた闇に還れば元どおりなのだから大した問題ではない。つけてくるのは誰?言葉はわかる?私が見える?あなたはずっとここにいたのね。さっきの声のやつではなさそうだった。私はその輪郭を手の甲でなぞる。丸い皮膚が2つ。

 

輪郭

 「多数必要ですね。」Kは言った。「これではまだまだ少数です。輪郭すらも描けていません。無形の輪郭をなぞることが我々の務めでありますからそうなってくるとまだまだ線を引くにも至っておらず、その色はただ着色されたまでに過ぎず定着までは至っていないようです。追いかけてはいけません。私たちは追い求めるべきではないのです。ただ、観察します。これもまた成り行き。変化しているのではなく、成り行きの中にいるだけなのです。まさか変わってしまっただなんて、自分が大きく変わってしまっただなんてお思いでしょうが、確かにひとつひとつに変化は生じているのですが、それもまた成り行きの話で、追い求めるのはただ運動がなされているかどうかです。止まってはいけないのです。その手が停止することはありません。右左と交互に足を差し出すのです。追いかけてはいけません。追求すべきではありません。探求すべきです。我々に答えなどありませんから、あくまでも探求にすぎません。正解だと信じ込んで、それが正義だと思い込み追求することには我々の仕事は含まれないのです。我々は探求します。道を歩きます。左右。散歩します。左右。空を見たり、大地を見たり、探求します。左右。交互に差し出していきます。覆いかぶさります。大きな岩石に覆いかぶさります。耳を当てます。鼓動を確認します。左右。動きを確認しました。去っていきました。昇華しました。追いかけませんでした。ただ見送りました。さようならとは言いませんでした。その必要はありませんでした。これは輪郭をなぞり始めている。あの頬の冷え切った頬の輪郭をなぞり、指先を温めるのです。少しうつむきながらそっと。」

 

あくび

 埋もれていたので手を出した。顔が出ていたので追いかけた。指先だけで撫でた。黒い犬。羊の群れ。羊の大群の中に一匹の犬。真っ黒な顔が出ていた。舌を出して応戦。愛想笑い。犬にまでおべっかを使って、ああまた分からなくなっちゃった。なんでだったけ?私はなぜ今この大群の中にいるの。羊の毛が身体中にまとわりつく。嫌じゃない。優しかった。少し脂っぽい。洗えばいい。きっと洗濯したら油分も落ちて、ピカピカに、フカフカになるだろうから。丘の上に立つと、街中を見渡すことができた。すっかり平坦な街並み。揃いも揃って並列する。まるであの時の朝礼。全校朝礼のような家。はみ出した瞬間に、少しでもおかしな動きをした瞬間に看守が私の元に飛んでくるでしょう。退屈な話。よほど羊の鳴き声の方が私を退屈させないでしょうに。あなたは誰だったの?黒いものに覆われたあなたは何者だったの?ああ、きっとあの黒いものたちは羊だったのか。なんとかしてくれる?あなたたちならきっとあの退屈な話を止めることが出来る。あなたたちの鳴き声でどうかあの人の話を止めて。どうしてあんなにしかめっ面。ネクタイまでして。色黒で、まるで生気を感じられない。死んでしまったのは羊ではなく、あの目だった。私は目をそらすことはなかった。なんとか救い出そうと決心した。手を伸ばした。拒否された。望んでいない。いやそんなこともなかった。もうすっかり忘れてしまったのだろう。ああ、後ろで拡声器が唸る。あの人の後ろで精密機械が顔を出す。一語一句間違えることもなく、あの声は内面からではなく後ろから拡声器によって垂れ流しているのでしょう。あなたたちはきっと噛み砕くでしょう。あの拡声器だっていとも簡単に破壊することができた。今はじっと様子を見ていた。もういつだって襲いかかる準備はできていた。しかしそうはしなかったのだ。黒い大群は哀れみの感情。失意の結晶。大切なものが抜け落ちたあの姿勢。一列に並ぶ。横一列。ああ、あくびがリズムよく流れ出した。

 

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多分抜けていったのだろう。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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