創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171229

記憶

 あなたはもう知っていたんです。そう、もう世界を見わたそうとしなくても、もうすでに知っていた。仕舞い込んでいたのかもしれない。あなたは女の子だったし、男の子だった。そのどちらをも演じていた。どちらも存在していた。そこに何か疑問があるのだろうか?実際の行動としてそれは現れていたし、あなたは女の子に扮したし、あのおさげをして、周囲からは「女の子ですか?」と聞かれていたし、特に本人はそれを濁そうともせず、つまりどちらあってよかったということで、それを取り外してしまえば周囲はきっと「男の子ですか?」と問いかけるだろう。つまり、もうその頃から、多分生まれて1、2年の間にその振る舞いを何度も何度も繰り返してきたということだ。そして、それらがあなたを形成するきっかけになっていたに過ぎない。あなたの記憶は上乗せされ続けるのだ。あなたが保持している記憶、それは否定的なものであるが、実のところ肯定的な実に望ましい記憶もまた保持し、どちらも内在させ続けているにもかかわらず、どちらか一方をなくそうとする。しかしどちらも確かに内在する、それは感謝と恨みが入り混じっているような状態なのかもしれない。それがどちらか一方が、できれば恨みの方が綺麗さっぱりなくなることなどあるのだろうか?そんなことがあるなら、それはまた隠蔽に過ぎず、きっと消え去ることはないのかもしれない。しかし、それは弱いわけではなく、その弱さすらも持ち合わせていることである。きっとそれがなければ共感という行為すら持ち合わせないだろう。幸福であることはきっと作り続けることであり、その行為が進むにつれ苦しみのようなものは大きくなってしまうのかもしれないが、それなのに生まれる量は止まることもなく永遠に繰り返されるのだとしたら、それこそが望みであるのではないだろうか。

 

空ろ

 彼はもうすっかり空ろな状態であり、お風呂にでも入っているようだった。継続的にあの暖かい湯船に揺られている。それによって洗い落とされていくのが念であるのかもしれないし、背負い込んでいた、受け取り過ぎていた、あの言葉たちだったのかもしれない。体の中に入り込んで来る、あの街の声。それらを洗い落とし、もうすっかり空っぽで、浮かんで来る言葉。今度は浮かんで来る言葉を落とさないようにただ観察する。それはもう知っている事柄であり、知識ではなく、ただ感覚として、腹の中にある音楽を鳴らすのだ。目を閉じれば、少し肩がこわばっていることを知るだろうし、なぜかあの車内の匂いが身体中にまとわりついていることを知るだろう。いつまで付いて来るのだろうか、きっと彼らもそこに留まろうともしないし、彼自身もまたそうなのであろう。彼は毎度決まったコースを散歩する。神社に挨拶をしにいく。川沿いを歩く。そこにちょっとした森がある。森というには少し殺風景だが、それでもそこには自然が生息しているようにも思えた。それは人工的なのかもしれないが、ないよりはましだろう。そうやって彼はまた発見していく。彼は知っているような顔をして、何も知らなかったのだ。しかし彼は外側を知らなかっただけで、内側のことを知っていた。内側は外側にこれらの光景が確かに存在していることを知っていた。だから彼自身は知っていたが、彼自体は知らないふりをしていたのだろう。そこと切り分ける必要もなければ、存在を確認しようとすることもない。時に黙り込むことも必要だ。静かに沈黙を繰り返すことも必要なのだ。無理に言葉を露わにすることもない。ただ存在している、気づいた言葉を表出させるだけでよかったのだ。そう、それだけでよかったのに、何かを模索するように、まるで犯人探しでもするような形相で言葉は追い回されているのだとしたら、それは逃げ惑うだろうし、そんな形相で必死な状態で、呼吸が乱れ、きっと言葉を話すことも聞くこともできない状態の元へと言葉はやってこないのだろう。

 

応用力

 相変わらず埃っぽかった。この家は。しかし、埃っぽいということ自体を知らなかったのかもしれない。そうではない、澄んだ空気というかそういうものを吸ったことがなかったから、それが普通だったのかもしれない。しかし例えばそれと喉が痛いとか、症状が出ていることとはまったく別の問題であり、きっとそれはその建築物の中で滞る、もう数十年もそこにあるその中で溜まりに溜まった、様々な抑圧、きっとその自己犠牲感が何よりもそれぞれの生活環境を蝕んでいるのかもしれなかった。このことは語ることもないのかもしれないが、今私は口にし始めている。家についてだ。これは隠し通されるものであるべきなのかもしれないのだが、私自身もそのことをもう流石に留めておくこともできないのであろう。あまりに混乱しているのだ。それは家自体がというより、家と私を引き合わせた状態の際に起こる現象であり、それがあまりにも密接でありながら、そこを離れてしまえばまたきっと症状は落ち着くのであろうとそう考えてもいるのだから、果たしてどちらが私なのであろうか。私たちは屈託した表情を浮かべながらもどこか希望を抱いている節がある。どれもだ。私たちはどれもそうであるから、それにそのタイミングがそれぞれどう出るかは本人のみが知ることだからか、まったく見当もつかないのである。私たちのことをもう少し語れば私は未だに親ではないように考えるが、親であるし、大人ではありそうだが、子供でもある。それに場合によっては孫でもあるし、そこで起きていた役割を私はコロコロと演じ変える。瞬間瞬間で私の立ち位置、存在のあり方が何の確信もなく建築され崩壊されていくのである。ああ、私はまたダラダラと1日を過ごす。いやそれは私なのだからなぜ嘆くのだ。ああ、私はまたやる気もなく1日を過ごす。どうしてそれが私であってはいけないのだろうか。私であることがどうして罰則を受けるのだろうか。それは受け身というよりはあくまで主体的な罰則であったし、それは自らを律するというよりは暴動に近い。暴走なのだ。何もかもが。コントロールができないのだ。そうだ操縦することだ。私たちは未だに初心者である。時にビギナーズラックも起こるだろうがくんれが必要なのである。毎日が私にとって私は初心者なのである。もう通用しなくなった。必要なのはきっと私を乗りこなす応用力なのであろう。

 

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久々に実家に帰ってきている。

慣れ親しんだ街だけれど、体には少し無理があるのかもしれないと思った。 

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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