創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20171230

積年

 そこにあった詰まりだとか、淀みというのはいつか痛みに変わるのだろう。その痛みを受けてからで無いと気づけないのだとしたら、どうしてそんなにも酷使し続けてなくてはならなかったのだろうか。「あの家は。」Kは言った。「あの家はもう私の家ではなかったのかもしれない。家として言うなら元々私の家ではなかった。しかし居場所にしようと目論んでいた。しかしそれはどうも街全体が私の肌とは合わなかったのかもしれない。しかし完全に否定しているわけではない。良し悪しがあるということだ。何か日当たりの悪い、肩に重荷を背負っているようなそんな沈鬱な気分にさせるのだ。それであった、まさか体調を崩すなんて思ってもみなかったし、やはりこれは何らかが私に影響を与えているように思えたのだ。それが滞った状態の、それをあえて言葉にすることもないのだが、積年の重みがきっと何もかもを覆っているのだろう。しかしそれは誰がそうしたでもなく、きっと私自身が背負い込み続け未だにその重みにしがみつきながらでも居場所として確保しようとしていたのかもしれず、ではこの重みは誰が生み出したのかと言えば、結局私自身が溜め込んだことを話しているに過ぎないのだ。結局、私の周りの人間はそんなことを感じていないようだったし、特に何不自由なくその家で暮らしているのだから。なぜ私はそこで不自由をしていたのかが問題なのだ。」

 

自愛の念

 「結局またこうやって問題を作り出し、議論しているのは彼ら自身だ。僕はその議論に加わろうとは思わなかった。ただ傍観することにした。そこに必要なものだけを調達することにした。実際に必要なものを集めてくれたのは彼女だったのだが、そう僕はもう彼らに取り込まれていてそこから逃げ出すことも出来なかった。それに逃げ出す気もなかった。ただ様子を見ていようと思ったのだ。彼女は的確な情報だけを彼らに伝えた。それだけでその問題とやらが大した問題ではなく、そもそもそれ以前にその肉体に限界がきていること、その疲労を癒すことの方が重要であり、もう受け取ってしまったこと、感じてしまったことを、どうこう議論したところで遅かったのだ。だからガタがきている体を整え、癒し、すなわち浄化することが何よりもの優先事項であったし、もしかしたら大抵のことが、そうやって浄化、対処してしまえばどうだって良い問題であるのかもしれなかった。内側に留めておくからいけないのであり、そこに留めておくものでもなかったのだから。彼ら含む僕たちはそれらを内側で飼い慣らすことなど出来ず、きっと自分たちの手に負えなかったようだ。そういう体験を繰り返すことで、彼らも知っていくし、そうやってまた引き出しを増やしていくのかもしれない。とにかく体にガタがきたら休ませることだ。その状態で議論したってもう大した対話になりゃしない。ちゃんと眠ることだ。そして必要なものだけを取り入れることだ。そして体自体を労うことだ。自愛の念をいい加減に持つことだ。」

 

流浪

 「大きな鞄を持ってどこへいくの?私たちとは違う場所へいくの?帰っていくの?どうして帰らなくてはいけないの?私の帰る場所はどこ?きっと多くとは違うのかもしれないけれど、それで良かった。その場所こそ私には満ち足りた場所だった。私の満ち足りた場所に足を踏み入れたら良い。そうすればあなたの気も少しは休まるだろうし、きっと自らのことを責め立てる気持ちも少しは和らぐでしょうに。私は今あなたと話していたわ。そうだから攻めることをもうやめてみたらと提案しているの。私はあなたを抱きしめていたし、身を寄せ合っていたのだから。あなたはそのままなだれ込むように倒れていった。私は受け止めた。それくらい限界だったのかもしれない。あなたのその大きなわだかまりを二本足で支えることは酷だったのかもしれない。だからあなたは倒れこんでいた。それは車内であった。電車の中だった。うずくまるように倒れていた。すっかり電車は空いていたし、車両内にあなたと私以外に人はほとんどいなかったはずよ。あなたは朦朧とする意識の中でそれなのに未だに責め立てるような状態を維持していたのだから私は驚きを隠せなかった。それはもうあなたが背負い込むべきものではないのだとも悟ったわ。あなたはもっと軽やかに歩むべきだったし、これからそうすることも出来るでしょう。身軽にならなくてはいけなかった。もう大きなあの重圧から逃れて良かったの。そもそもそれはあなたが背負うべきものではなかったのだから。しかしもう何年も何十年も放置されていたし、そこがあなたにとっての居場所だったのだからそれをあくまで自分自身の責任と、自分自身が乗り越えるべき課題と勘違いしていたまでに過ぎないの。あなたの課題なんてそもそも存在していないし、あるとするならあなたは最も軽やかに流浪することよ。あなたは留まっていてはいけない。そうあの詰まりは、淀みはあなた自体だったのかもしれなかった。それが実際に現れていたのかもしれなかった。あなた自体が風を、光を、遮っていたのだとしたら、だったらもうそこに留まろうとする必要もなく、あなたを必要とする場所へと流れていくまでよ。何も握りしめる必要もなかったの。そうするとあなたはすっと立ち上がっていた。あなたは帰っていく。ひとつではなかった。複数だった。かと言ってそれは一箇所の大切な場所であり、それは移動し続けるのだから、それは場所というよりは移動式の住居のようなもので、私たちはきっとそうやって移動し続けながら今もあなたと共に歩んでいるの。」

 

修復

 彼は破壊するというよりは修復していくという方向へとシフトし始めていた。それは多くの人が感じていたことだし、それもまた彼にとって重要な転換であることは明白だった。確かに破壊することで一掃される心地よさ、何も持ち合わせない、何もかもがまっさらな状態に戻ることに喜びすら感じていたのかもしれない。しかし、今芽生えているのは修復、修繕ということであり、その味わいに彼は惹かれているのだ。つぎはぎの、そのブリコラージュされた作品群を眺めては、まるで自分自身に無いものを見るようで興奮させるのかもしれなかった。しかし全くその感覚がないのかといよりは、持ち合わせていたがそれをうまく扱う術を彼自身が知らないのかもしれなかった。彼はそのことを知り始めていた。そこにある喜びだとか、そうやってまた歩んでいくことが彼にとって必要であることを知り始めていたのだ。

 

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珍しく風邪ひいたのですがみーさんのおかげでだいぶ楽になった。

喉の風邪には、はちみつ。

 

そして、しっかりと効果効能の説明を受けながらツボを押されること。

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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