溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20180102

間延びした時間

 間延びした時間の上に乗って辺りを見渡していたが、出口は見当たらずどうやら迷子になっているようだった。備え付けられたテーブル、配置された椅子、そこに座っていたのは確かだった。薄らいでいく意識をなんとか繋ぎとめようとする。決して離れてはいけないだろうと頑なになっている私がいたのだ。あの時間の上で寝転がってみたが、どうもそれは退屈なものであった。食卓を囲むその時間が私にとってなんの意味があったのだろうか。そうやってまた意味を考え始めているのだが、あくまでも選んだのは自分自身にであるのに。

 彼はくっきりと浮かぶ月を眺めていた。私はその光景をぼんやり眺めていた。私が眺めていたのはその辺り一帯に広がる光景だったし、その中にあの満月も含まれていた。もうすっかり暗くなっていたし、それなのに満月は彼のことを明るく照らしつけていた。その時間の延長線上を彷徨い歩いているのが彼自身だったのだが、なんとかして現実的なその振る舞いだけは理性で留めておかなくてはならなかった。その理性が保たれていたのかはまったくもって解明されることはないだろうし、それは受取手次第なのだろう。あまりにも荷が重すぎたのだ。目配せ、着席、同調。そういうことがこなせていないのだ。こなせるわけもないだろう。彼は何を恨んでいるのだろうか。恨んでいるのかどうかも分からなかった。ただもう途方も無い大きな何かに縛り付けられているようなそんな気がしてくるのだが、それは仕方のないことだったのだ。それはあまりに大きすぎたのだ。そしてその対象物はあまりに小さすぎた。彼が正確にその大きさを捉えることは困難であったし、何もかもが歪んで見える。揺れている。踊っているし、しゃがんでいた。横たわって、叫んでいた。救い出そうとは思わなかったのだろうか?救い出すべきものだったのだろうか?あまりに不自然なその笑顔に、嫌悪していたのは誰だ?彼は大人であれないその状況に嫌悪し、子供を恨んでいたのだから元も子もない。一体何を元に?何がきっかけで?退屈していたのは時間の方だった。停滞していたのはお前だ。お前自身が停滞していたのだ。何もかもを。自らが動き出さず、うろたえることしかできていないのだから、時間が愛想をつかして離れていったのだろう。彼はその伸びきった時間の上でたじろいでいた。

 

暴動

 これは暴動だ。黙り続けていたあいつらの暴動だ。あいつらは着々と準備を進めていたのだ。これは恥ずかしいことだ。恥部がはみ出た。垂れ下がっていた。なんの抵抗もなくぶら下がり、揺れていた。それを傍観したか?あれを見たのか?あの感触を知っているのか。あまりにも堂々と、それに鮮明に象られたその形が目の前に現れ、襲いかかる。それは暴動の始まりに過ぎなかった。小さな小さな暴動であった。些細なことだったのかもしれない。これは埃のようなもので、人が動くたびに舞い上がっては姿を現し、目では追えないはずだったのにその光の中にゆらゆらと混ざる。そして今も人の動きと同時に目の前を我が物顔で通過していく。そしてまたひとつ、またひとつ通過していく。「我慢がならなかったんです。もうどうしたって押さえつけることが出来ませんでした。一体いつまで抑えつければよかったのでしょうか?あの間延びした時間の上にいつまで縛られていれば良かったのですか?だったら出ていけばいいと言うのでしょうか?そうです。これも自己責任論なんです。自分がどうしたいかとかそういう風に、まるで全ての責任が自らにあるように仕向け始めるんです。あいつはそういうやつです。何もかもの責任をかぶり、ある意味で無責任に私にその責任を放り投げてきます。無作為に、悪意を持って、あくまで私の責任だと言い張るのです。もう何年も何年もそのやりとりは続きます。だから縛り付けてやりました。二度と出てこれないように。そのまま退屈の中で死ねばいいと考えました。しかしあいつは、それすらも私に転嫁させました。それが今の私です。それを私は誰になすりつければいいのでしょう?」

 

 「なすりつけたところでどうなるのか考えたことはあるか?どうせお前にまたなすりつけられるのだ。お前がそうしているようにお前にまたなりすりつけられるのだ。それはお前自身によるものだから、それをとやかく精査する必要もないだろう。そうしてまた一周するのを待つのだ。辺りを見回し自分の順番が回ってくることを待っているのだ。もう回ってくることなんてないかもしれないのに。首を長くして待っているのだ。ああ、またお前は縛り付けられた。自ら望んでいることを忘れてはいけない。お前はあの空間に、そして時間の中に閉じ込められた。ただそれだけのことをとやかく文句を言う奴があるか?お前次第だと言うのに、またこうしてお前は自分の身を守るためにああだこうだと理由をつけ始める。そのお仕事やらが大層忙しいのだろう。あんなに光を当ててどうしたと言うのだろう。そんなに白い光が必要だったのだろうか。まるで不健康そうな顔と、のっぺりした顔が何個も何個も現れては、見物客は評価をし始めるのだ。どれも大して変わりはないだろうに、ああだこうだと評価し始める。まず言えることは自分の顔を見てみることだ。他人のことをとやかく評価する筋合いがお前にあるのか?次第に失っていく声が、薄れていく声がそれを物語っているではないか。」

 

横たわる

 ああ、またうまく話すことができませんでした。私はうなだれています。かといってどうすることも出来ませんでした。緘黙症です。言語を失ってはいないはずでした。しかしもう言葉が出てこないのです。あなたに向ける言葉がありません。解決する方向が見えてきませんでした。振り絞って出した言葉は大した意味を持たず、また沈黙へと私を誘うのでしょう。そうであるとするならもう口を閉ざし続けることに重きを置くべきなのかもしれません。だって私が語ることのできる場所はどうやら別の場所に存在しているようだからです。消し去ろうとしたのは私の過去でした。しかし何もかもが消え去ることもなく鮮明に宿り続けています。解放だとか、自由だとかそんなことを追い求めて何になるのだろうか。私は死ぬまで不自由なのだ。その世界に身を置いているし、それを改善する余地もない。ただ内包させるしかないのである。それを踏まえた上で、あの時間の上に横たわるしかないのである。

 

f:id:mizokoji:20180102230812j:plain

体調戻らず。

 

--------------------------------------------------------

溝井孝司(Koji Mizoi)

連絡先:mizokoji@gmail.com

Twitterhttps://twitter.com/kojimizoi

Instagramhttps://www.instagram.com/kojimizoi/

--------------------------------------------------------