創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20180103

夜明け

 静かに過ごしていれば何も邪魔されることはなかった。「結局は自分がどうするのかを決めることだね。何ら問題なかったはずさ。自分さえ静かに、自分自身に目を向けるとだけを決めてしまえば、あとは簡単なことだった。きっと外部は騒がしいままだろう。何も変わらない。変わったのは君自身だからね。その静寂を保つことだ。それだけに集中することだ。周りがどうあれまったく耳を傾けないことだ。聞き流していればいい。同調しなければいい。合わせる必要なんてなかったし、誰も強要していないんだからね。ただ過ぎていくことだけを知っている。過ぎ去ったことを知っているのだから、忘れようとすることもない。それらに覆いかぶさって隠し通そうとすることもない。一体何を隠そうとしていたんだい?君にも多分わからないのだと思う。君自身が君自身のことをいつまでたっても分からないのだから。だからといって悲観的になることもない。そんなもんだと片付けてしまうこともできる。だけどそんなこと、わざわざ声に出そうとする必要もない。不快なら立ち去ればいい。席を立てばいいのだ。テーブルにお行儀よく並んだ椅子からそっと立ち上がるんだ。家族の団欒だとかそんなものに君が強要される筋合いもない。ただ静かに立ち上がることだ。だって何時間も同じ席に縛り付けられるようなそんな時間誰が望んでいると言うのだろう?誰も望んじゃいないのに君は、何かそこにいなくてはならないと勘違いでもしたようにへばりついてしまうんだから。そんなに気を張らなくてもいいのかもしれない。例え人が集まる場所だろうと居心地が悪いのなら即座に席を立つことだ。ないがしろにしないことだ。それにもう自らそんなふうに自分を追い込んでしまう場所に身を置かないことだ。それは癖なのかい?性格なのかい?それよりも自分自身の手が動くことの方が重要で、何も人前で上手に振る舞うことを求められているわけではないのだから、ただ部屋に籠もればいい。自らのその空間の中で生きていればそれでいい。多少うまく振る舞えなかったところで落ち込まないことだ。誰もそんなにうまくやることを期待していないし、無理に喋らなくていい。なんせ君は今喋れる状態でもないんだから。何よりも窮屈な状態から脱することだ。帰っていくこと。すぐに、すぐに戻ってくることだ。そうすれば多少は気持ちを落ち着けて、穏やかに、夜明けを迎えることもできるだろうに。」

 

 あの紫は何か悪いもののように見えた。あれはユニフォームだった。どうしてもそういう風に見えてしまった。周りがそういう風に言っていたからだろうか?「あの紫はよくない。真似するものじゃない。」そう言われ続けると不思議なものであの紫、少し薄い紫、それらを敵対視する。そうやって自分自身が追い込まれていくのだ。

 

 

換金券

 肩たたき券。お手伝い券。僕は自らチケットを発行する。これは僕が考えたお金との換金行為だった。僕が肩たたきをすることでお金と交換したり、買い物や、ご飯の手伝いをすることでお金をもらおうとした。これは僕ができる限り知恵を出した結果だったし、何か欲しいものがあったのではなく、ただ純粋にお金が欲しかったのである。まずは身近な存在であった家族で試してみることにしたのだが、あっけなくあしらわれた。そんなバカなことをするなと、そういった目を感じた。僕は体を固め、悔しがり、そして悲しんだ。あしらわれたことにかもしれない。ただそうやって交易を測ってみたかったからなのかもしれないが、ただ頭ごなしに叱られ、制圧されているような気さえしたのだ。あの部屋で。もう今はない、階段を登った広い居間で、だだっ広い居間の片隅で僕は紙の切れ端にまったく効果をなさなかった換金のためのチケットを何枚も無駄に作り出していた。それによって僕が失ったものは自尊心であったり、創造性であったのかもしれない。僕が作ったそれらのものは何ら意味のないものとしてあしらわれたのだから。僕が塞ぎ込み始めたのは社会というものに触れ始めてからだ。例えば学校であるとか職場であるとか、そういう場所での振る舞いに限界を感じていた。何かしら話さなくてはいけないだとか、プレッシャーが襲いかかっていた。堂々とした振る舞いが大変苦痛であるように思えていたのに、それでも無理強いをして駆り立てたのは僕自身だった。僕は大変つまらない人間であると自覚し、おもしろいこと一つも言えない、自信もない、元気もない、そういう人間であったのに、それなのに無理やり明るく、元気に振る舞うことを自ら強要していった。まったくもうわからなくなってしまったのだ。どれが自分で、どれがそうでないのか困惑しているのだ。

 

暴動

 「いいですか?私たちは大変つまらない人間なのです。何の面白みもない、退屈した人間なのです。それをどうして変えようとすることがあるのでしょう?退屈ならば退屈のまま伸びきってしまえばいい。あの土の中に戻るまで、または風に乗って湖に撒かれるまでは。一体何をどうしようというのでしょう?あなたのその感情に、胸のつかえに付き合い続ければ良いのでしょうか?そうであるなら他人にもう求めないことなのです。誰も理解できません。あなたのことを誰も理解できません。そしてあなたもあなたのことをいつまでたっても理解しようとしません。逃げ回っているからです。感情に飲まれることを、それによって起こる、その想像上の生活をあなたはあまりに恐れすぎている。想像上のあなたであるなら、間違いなくもう刑務所にでも入っているのでしょう。あくまでもこれは私の想像の話でありまして、結局あなたのことを理解することはできませんから、そう考えるとあなたと私はまたこうやって切り離されていくのです。またどんどん遠くへと。押しやっているわけではありません。ただあなたの姿を追っています。隠そうとはしていません。あなたがどれだけ暴動を起こそうが、その際に向けられた冷ややかな目を忘れられないと言おうが、私はあなたのことを追いかけているし、私が向ける目はその冷ややかな目とは違った類の物であるに違いありません。退屈な私たちに、いつもあなたはそうやって問いを持ちかけるのです。私たちを退屈させないように。その点で言えばあなたの貢献は大変大きなものなのかもしれません。だから私はあなた方のことを否定できません。きっと私もあの暴動を起こした張本人だからです。」

 

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忘れていたはずの記憶にまた引き戻されているような気がしました。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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