溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20180105

解説者、傍観者

 「分からなかったんです。何で絵を描いていたのか分からなかったんです。ただその時だけは一体になっていました。間違いなく怒っていたし、もうそのままを体内から出してしまおうと思いました。私は溜め込み過ぎていました。何に対しての怒りなのかはもはや分かりませんでした。一体いつまでも何に対して怒っていて、何に対して怯えていて、何に対して息を巻いているのか分からない状態でした。それでも絵を描いている最中はもう目の前の色だけに集中していました。私は色を探していました。これは発見についてです。上手くいかないと思いながらも、それでも手は動いていました。何を持って上手くいかないのかはどうも解説することはできませんでした。私は解説者ではありませんでした。まったく関係ない遠くの席で、我が物顔でそこに存在し続けることはできなかったのです。私はその場にいなかったし、まるで遠くで、野球の観戦でもしているような目線で何もかもを、その内部事情までを理解することが果たしてできるのでしょうか?知っているのは、分かっていたのは現場にいる人間でした。しかしそこでもう嘘はまかり通っていたし、それは結果を追われる世界ですから、どこが痛いとかいちいち言っていたらもうそれは仕事にならないと言っていいのかもしれません。そういう世界だと言われてしまえばそれまでですし、私はその意見に対して言及することはできません。私は当事者でもなく、その場に居合わせているわけでもなく、ただの傍観者であり、少し利口になったような顔をしてああだこうだと、ネガティヴな側面を批判し続けています。そうやって良い側面を見ずに、良い側面を伸ばすことよりも、ネガティヴな側面を改善することばかりに意識を向け、もはや疲弊しきったこの現状、これはもはや私を取り巻く世界、社会、組織全体であったのかもしれません。いつまでも私の周りに存在するのはネガティヴな存在を追いかける悪魔との対立、罵倒、せめぎ合いの連続だったのです。それが断ち切られることはありませんでした。まったく断絶されることもなく、いつまでも悲鳴は音楽のように、それはまるで悲報を知らせる電報のように四六時中私の脳内を駆け巡るのです。ああまた伸びきった時間が私の前に立ちはだかります。あの時間の上に横たわればまたしばらく、退屈、いつのまにか怒りに身を委ねて、うろたえてしまいそうなのです。ああ私はまたこうやって何らかに依存している。自立とは程遠い状態が私の周りをうろうろと歩き回っては、私は罵倒している。そいつは一体誰?どこのどいつ?私のことをいつから見ていて、いつから知っているの?あなたには会ったことも話したこともなかったけれど、私のことを何もかも知っているようなそんな表情と口調で、私を批評するのですね。」

 

 彼との関係が断ち切れることは今後もないのだろうと常々思っています。永遠にともに過ごすことが私と彼の義務になっているようにも思います。彼自身はもうそのことを半ば諦めて、抵抗することもなく、その波が来たら来たで、堂々と飲み込まれることで、その都度、恥をかきながらでも構わない、それでもいいのではないかと思考する。

 「点と点をつなぐ線の上で、綱渡りをするが、点と点の先にはまだ点が存在しているのかもしれない。そんなに幅は必要だったのかしら?どこまで点を持ち出せばいいのかしら。もう足元に置いたって構わないでしょう?どんぐりころころ、私の持っている点もころころと転がっていく。その点の下に抱負なんてものが埋まっていたりするのでしょうか。一体どんな抱負が埋まっているというのでしょうか。今となっては私は何も目指していないのかもしれません。諦めているわけではないのだと思います。ただ毎日を、今を乗り切ることに必死なのかもしれません。逃避することもできます。追われますが、逃避します。逃げ出します。それにて退散します。馬に乗って、これは私の馬かどうかなんてそんな質問はしないでください。私と馬はきっと昔から友達だったのです。だから今、私をこうして乗せてくれているし、きっとどこまでも連れて行ってくれるのです。果たしてどこに連れていくのでしょう?」

 

スポーツ

 目的地を設定せよ。目的地を設定せよ。行き先を明確にせよ。そこまで一直線でいけ。脇目もふれずいけ。遠回りはするな。最短最速でいけ。スピードこそが重要。無駄を省くことが重要。余計なものに脇目もふれずに走り抜けろ。止まってはいけない。止まったら追いつかれる。それは危険。まったく危険。分かってない。お前は何も分かっていない。量をこなせ。大量に大量に大量に。運動を止めるな。手を抜くな。見られている。普段の行いが何もかも監視されている。我々はお前を監視している。我々もそうやって育って来た。監視と競争、そして蹴落とせ。隣の人間を蹴落としていけ。お前が結果を出すためにそれらは当たり前のことだ。これは当たり前の世界だ。我々が過ごして来た世界だ。そのためであるなら嘘をつくことも肯定される。暗黙の了解が成り立つ。あなたのいうことは絶対。間違いありません。我々は与えられた、あなた様に与えられた職務を全うするまでだ。お仕事をくださりありがとうございます。必要としていただき嬉しいです。我々はこのチームのために全力を尽くします。尽力いたします。チームのために努力いたします。だから結果を出すためなら何だって構わないのだ。結果しか見ない。それこそが重要なのである。我々の教育はそうだ。競争せよ、貶めろ。精神的に追い詰めろ。徒党を組み、あいつを輪からは外してしまえばいい。そうすればあの存在が、あの存在を見なければ我々のストレスは一つ解消されるのだ。手を抜くな。それに関して、手を抜いてはいけない。これはいじめではない。暗黙のルールなのだ。無言の圧力で畳み掛けろ。あいつをこの世界から追い出せ。追い込め。もっともっと精神的に追い込むのだ。あいつだけではない。家族もろとも、あの一族の存在を抹消せよ。それが我々の結果であり、これは単なるスポーツだ。これが我々の存在するべき世界なのだ。そこに歯向かうものは直ちに排除せよ。もう一度言う。これはスポーツだ。

 

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今日は寒い。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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