創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20180115

座っていた

 座っていた。座って映像を眺めていた。映画なのかもしれない。ドラマを見ているのかもしれない。お笑いの番組なのかもしれない。確かに見ていた。あの頃見ていた。食い入るように眺めていた。戻れるのかと思った。懐かしいという感情ではなかった。通り過ぎたという感情だった。無感情だったのかもしれない。このまま時間は過ぎて行くのだろうか?何もかもが、何も存在していなかったような気さえしている。あの時間は幻想だったのだろうか。それでもきっと亡くなる人もいれば、生きる人もいた。そうやって何もかもを忘れ去るようにして過ぎて行くのだろうか。これは不安なのだろうか。無感情のまま過ぎて行くことへの不安なのだろうか。結局何もかも無感情だったのだ。感情なんてなかったのだ。また嘘をついていたのかもしれない。隠蔽した。そのことも隠し通そうとした。例えば家族であるとか親がいなくなった時、感情は動くのだろうか。何に対して感動し、何に対して怯えているのだろうか。時間が過ぎて行くことに怯えているのだろうか。それは心配なのかもしれない。まったく聞いたことのない言語が飛び交う。それなのになぜか意味がわかってしまうのだ。初めてのような気がしなかった。私自身が知っていたのかもしれない。その情報を持っていた。私が持っていたのかはわからない。それなのにその言葉のことを知っていた。聞いたことがあった。それなのに初めて聞く言語だった。まだ形ではない言語なのかもしれなかった。しかし聞き覚えがある。そのことが重要であると思えた。そのことが私を舞い上がらせる。知っていることがというよりは、感じたことがだ。確かに私は感じていた。育んでいたのは感性だったのだろうか。パタンパタンと織り機は休む間もなく動き続ける。機械ではない。手で織られていた。私は織っていた。緯糸を何度も何度も交差させて。気付けば布の形になる。少しずつだが確実に形に残って行く。それは何でもそうなのかもしれなかった。その色彩が残るのだ。目の前で残り続ける。そのことが私にとって重要だったのかもしれない。目の前で積もって行く。積み重なって行くその布の色の行方が必要だったのかもしれない。また追いかけようとしている。もうしばらくずっと追いかけている。何を追いかけているのだろう。誰を追いかけているのだろう。気だるそうな声が音楽のように踊っている。上空で、ゆらゆら揺れた。まばゆい光。陽光。それらはもう隠れて消えた。それを追いかけていたのだろうか?きっとどこまでもいけば陽光に追いつき、私はまたあの光を浴びることができるのだろうか。手は動いた。足は止まっていた。止まっていたのではなく躊躇していた。遠慮していたのかもしれない。果たして何に遠慮する必要があったのだろうか。今あなたは共感した。何らかの文字に共感した。私の体験にではなく、私が書いた文字から自らの体験を紐づけて共感し、そして否定もした。徹底的に欺こうとした。それは一瞬のことだった。時折、車が通り過ぎて行く。未だに車は走り続けている。交通事故を心配している。突然列車が脱線するのではないかと心配している。そうなった時に連絡を取る手段がないことに怯えている。祈りは届くはずだった。それなのに送られてくる電子音に安心していた。それでもよかった。それがこの時代なのならそれで良かった。いやそれでも良かった。それでも私は感じていたかったのだ。飛んできた風の質感だとか、雨の弾ける音だとか、そういうことかもしれなかった。そうしているうちに陽光を見失ってしまった。かといって焦ってもいなかった。私が見つけなくてもきっと必要な人が見つけるだろう。

 

転職

 転職することを勧められました。きっと私にもっともっと合う職場があるはずだと言われました。きっとその通りだと思いました。私を受け入れてくれる職場がきっと、今よりももっともっと自分を生かすことのできる環境があるのだと思いました。そう言われたことがきっかけだったのかもしれません。しかし重要なことは何も変わっていないように思いました。私を取り巻く環境だとか、そのシステムだとかそれらは何も変わりませんでした。私は紙幣を採用していました。何の疑いもなく採用し続けています。それらが偉大な価値があるように思っています。それが絶対だとも思っています。変えようとはしません。慣れ親しんだシステムだからでした。町だとか国だとかそれ自体もシステムでした。存在を確認することが出来ませんでした。私はどこからがなになに区で、どこからがなになに市なのか真実を知りません。国も同様です。どこまでが自国でどこからが他国なのか知りません。その境界を見たことがありません。実際に見たことはありません。本当にそこに線があるようには思えないからです。どうして人がそのように大地に線引きをすることが出来るのでしょうか。そういう制度のようなものが私にとっては当たり前で、しかし大変疑問であるのかもしれませんでした。とにかくとにかく重たかったのです。重力がありました。大変酸素が不足していました。それなのに土を掘り返し、高層ビルが立ち並びました。あれは誰の虚栄心だろうと疑問を抱きました。そんなことを追っていても仕方ありませんでした。しかし私の思惑とは裏腹に開発は進んでいきました。これ以上の開発は必要ないように思われました。もう必要ないのです。これ以上の発展だとか、進展だとかそういうこと自体がもう必要ないように思えました。それよりも修繕することの方が私にとっては必要でした。一生を添い遂げる物である必要があったのです。人がいつまでも関われる、死ぬまで添い遂げることのできるものが重要だったのです。それらの許容範囲を超えていったのかもしれません。私はもうそれらに追いつくことが出来ません。もうどこまでもきっと勝手に行ってしまうのでしょう。追いつこうともしていませんでした。私は何か書いています。記しています。形跡を残します。意思を反映します。石版に。次にこの石版を読み取るあなたに対して書き連ねようとしている。解読する必要はなかった。とにかく触れる必要があった。肌で。その皮膚で触れることだけが必要だった。それ以外のことは後にしよう。

 

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無心で手を動かせていたらいい。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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