溝井孝司のちゃらんぽらんちゃん。

詩的な日記小説です。児童文学みたいな人が書いてます。

20180120

残像

 まだ残っている。まだ残っている。残像が残っている。あの映像が、あの光が残っている。適当なことを言っている。見た目がどうだとか、身なりがどうだとかそんなことを言っている。そんなことはどうだっていい。どうでもいいことだ。そんなことはなんの利益にもならない。それらが交錯する。それらが時間の上に乗って、秩序通り行儀よく並んでいる。整列している。体育館に、まだ肌寒い体育館に半袖半ズボン、体操服姿で並んでいる。早く体を動かさなくてはいけない。早く動かさなくては体が冷え切ってしまう。そうこうしている内に足元の氷結に穴が空きそのまま水の中へ流れ込んで声も出なくなった。寒いはずだった。あまりの冷たさに声を失って、悲しみだとか、怒りだとかそんな感情は剥がれ落ちていった。そうやって私たちは感情を身に纏っていることを忘れる。それらが否定されることはない。私は確かに怒っていたし悲しんでいたのだ。私は空洞自体となってそれらの声を通過させていく。拡声する。それらの波紋はじっくりと無意識に広がっていった。私たちはその無意識下で対話する。奥底にある、茂みを抜けて、差し込んで来た光にあたり蒸発する。そうやって暗闇の中で手探りで形を彩る。彩られたキャンパスに触れ、それらは暗闇の中であったがその美しい色彩を感じ取ることができた。確かにそこにあった。桜が家の前を散っていたようにあった。仕事から帰ってくるといつの間にか散ってしまっていた桜のように足元に落ちた。風で運ばれてくる者もいた。あの街路樹だけは私の風景に残る。あの風景だけは私が持っている原風景であるのかもしれなかった。これらが闇の中にあるのだとしたら、それらを安易に闇だとか光だとかで区別していいわけがないのだが、なんでも安易に区別し始めた。彼らは何食わぬ顔で明るくいなさいという。それもそうだと思う。それもそうだと思っていたのは男の子だった。前髪を揃えた男の子だった。言われた通りにそうしてみるものの表情から笑顔は消えて、口角をなんとか引き上げてみるものの、男の子の目はもう遠くを眺めていた。目の前の存在を通して、内面にある遠い風景を見ていた。一本の木を眺めていた。葉が生い茂っていた。元々は街路樹だったはずの木が、今丘に一本だけ堂々と立ち尽くしている。この丘のことを知っていたのは彼だけだった。その一本の木だけだった。彼はいつの日も気にかけてくれた。口には髭を蓄えていて、いつも煙草を吸っていた。ニット帽からは長い毛がゆらゆらと揺れていた。風が吹くたびに髪の毛が踊っていた。サングラスに太陽の陽が反射して、私は眩しかった。それでも彼の振る舞いに耳を澄ました。目を凝らしてよく見た。彼が起こす風を皮膚で味わった。何度もなんども。そうしているうちに陽が暮れて、もうすっかりあたりは夜の匂いが立ち込めた。それと同時に彼も家路につく。どこに住んでいるかを聞いたことはない。彼はそのことを語ろうともしないし、私も聞こうとはしない。私は問い詰めないと決めている。何の問いも彼には必要なかったのだ。例えば髪を切れだとか、髭を剃れだとか、彼にとっては余計なお世話なのだ。どうして彼がしたいようにしている格好を、私の好みによって左右することが出来ようか。それが何より余計な気遣いであり、何かの組織に馴染むための思惑なのであれば、即刻断絶されるべき思考である。街灯が切れかかっていた。幾度も点滅を繰り返し、そうこうしているうちに私自身も反転を繰り返していた。光と同様だった。切れかかっていたあの電灯と同じ動きを私はしていた。

 

おしくらまんじゅう

 「もうやめてください。これ以上は聞かせてくれなくていいですわ。これ以上聞いたところで私がどうしろというのですか。私が例えばそれらを聞き入れたところで一体何が出来るというのでしょう。」私は素直にそのことを申しました。心の中で、もうどこか遠いところで申しました。そうこうしているうちに声が私に迫ってくるのです。空間をぎゅうぎゅうにします。それらの声が空間でおしくらまんじゅう。ドアの隙間から飛び出てしまったものは行き場もなくフラフラと彷徨っています。それらの受け入れ先が、あの森でした。そこでは動植物が多く暮らしていました。そこに唯一生息していない動物といえば人間くらいでした。そこで私たち、私と彼は狼になりました。狼に育てられることにしました。ウッフウッフと喉を鳴らします。それ以外にも敏感に動作を観察し、嗅覚、空気、そういったものも踏まえて私たちはコミュニケーションを図りました。そうやって会話をしていくにつれて、私たちの群れができたのです。それが私が初めて所属した組織のようなものでした。狼は群れを一つしか持ちませんから、私はその群れに所属することを誓いました。彼もそうでした。彼は時期にその群れの長になり、狼の一族として、もう狼として生きていくことを誓ったのです。私には時折彼の遠吠えが聞こえてくるの。あの森でまだ生息しているはずの彼の声が聞こえてくる。私はその群れから離れることになった。軋轢があった。それは暗黙され、私はそれに耐えられなかった。それらを生み出してたのが私と彼の関係だったのかもしれない。今となってはわかる。あの狼の言葉が、彼の視線が。私はいまでも思いを馳せるわ。

 

残留物

 そうだから、僕の体にはまだ残留物がある状態なんだ。だから排泄をしなくてはいけない。それらの行為を自主的に行わなくてはいけない。消し去るのではなく、これは循環なのかもしれないね。安易に一側面だけを鵜呑みにしてはいけないかもしれないけれど、そうやって僕たちの意見を押し殺そうとするのもよくない。何でもかんでも中庸だ中庸だというのもどうもおかしな話だよね。だってどちらかにも感情が振れるはずからだ。そのバランスを見ているのだろうか。何か片側の意見を押し殺すための中庸があるとするならそれは自然や科学に対しての冒涜だろう。もっともそれらは多面的あり、多面体なのだ。それらが転がって数字に従って僕らは人生ゲームみたいに出されたお題どおりに動かされているのかもしれなかった。しかもそれらのお題を決めているのは自分自身であるということもすっかり忘れてね。それなのに嘆いたり、悲観していても仕方のないことなのかもしれないよね。あくまでこれは僕の意見だけど。

 

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みーさん特製じゃがいも炒めがうまい。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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