創作と探検の日記。

文、絵、歌、布など自給しています。

20180412

 お風呂に入って本を読んでいると文字を追っているのに、思考を読んでいる感覚になる。確かに目は文字を追っているし、その自覚もあるのだが流れてくる思考を本を通して読んでいるように思えた。手に触れている紙の感触だとか、本の香りだとか、そういう様々な情報を読み取っているような気がした。そういう意味で本を読むという行為自体が好きなのかもしれないと思う。だけど読んでいないようにも思う。頭に入らないことも多い。記憶するというのが昔から苦手で暗記というのが上手くできない。そういうことに劣等感を抱いたりもしていたが、でも確かに何かを読んでいるならいいかとも思う。絵を描いていても似たような感覚になるというか、絵を描いているのだが絵を描いているように思えないことがある。擦るとか、刻みつけるだとかそういう言葉の方がしっくりきたりもする。体の運動として、動作としてならなんでもいいのかもしれない。それがマイナスな状態に入り込み過ぎてしまう状態から抜け出す手助けにもなっている気がしている。手を動かすこと、体を動かすこと。習慣にしていくこと。

 

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 みーさんと咲いている野草とか花を眺がめながら「あれ食べれるやつだよ」なんて言いながら散歩していた。おばあちゃんに声をかけられる。カーディガンなど自分でお直ししていて、パンツも仕立てが独特な服装をしていた。グリーン基調。そのまましばらく立ち話。昔、民俗学者宮本常一さんの元で学ばれていたそうだ。ちょうど今、社会人類学者のティム・インゴルドさんの本を読んでいたので、繋がりを感じた。こういうのが人との出会い方ではと思った。待ち合わせだとか、約束してではなく、たまたま歩いていて偶然出会った人との繋がり。初対面なのに、少ない時間で何か通じ合う瞬間というのがある。やっぱり出会うために作り続けるしかないのだろうと再認識した。ちょっとの時間だったが「あなたたちのような心の綺麗な人とあえて本当に嬉しい。」と言ってもらえた。本当に嬉しい言葉だ。それにアスファルトの下に土があり、その土が様々なことを記憶しており、大地との関係を断ち切ってはいけないこと、そして建築についてなど様々な思考をしている方だったのだ。「綺麗な建物に騙されちゃダメだよ。その建築がどうできているのか、しっかり知らなくちゃいけない。」と、そう言われた。肝に銘じなくてはと思った。祝詞を読み解くことに学生時代はまっていたようで、そのことを話していると自然と体が踊り出す。なんというか理解してくれる人は瞬時に、本当に一瞬で理解を示してくれるのだ。「本当に楽しい時間を過ごせて嬉しかった。どうもありがとう」と、蝶々の可愛いゼリーを頂いた。嬉しい時間だった。しっかり勉強しなくては。

 

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溝井孝司(Koji Mizoi)

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